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新潮45 2004年11月号
悩める作家の東京半日「占い師」探訪
売れっ子作家とて人の子、時に悩むこともある。あまた巻にいる占い師は果たして救いとなるものか。
楡 周平(作家)


 幸か不幸か、今年は年頭から多くの仕事を抱えててんてこ舞いの日々を送っている。
『日の出から夜明けまで』というのは、どっかの風俗店のコピーだったが、私の生活だって同じようなものだ。夜明けまで仕事場に籠り、ベッドと机の間を往復する日々が続いている。
  仕事があるのは『幸』以外の何物でもないのだが、自由な時間を持つことがままならないのは『不幸』である。 一人コンピュータに向きあい、ひたすら原稿書きに追われていると、ふと、早く楽になりたいという気持ちが込み上げてくる一方で、いったいいつまで仕事があるんだろうと猛烈な不安に襲われる。その度に『俺、この先どうなるんだろう…』一人寂しく咳いては、溜息をついている。
  机の上の電話が鳴ったのは、そんなある日のことである。相手は言うまでもない。中瀬である。
「楡どん、どうや、そろそろ次の取材に行かへんか』
「取材って、今度は何をやれっちゅうねん」
そう問うたところ、
「占いのハシゴっちゅうのはどないや。楡どんも、こんな仕事をしてるんや、将来どうなるか知りたいと思うとるやろ」
恐るべし中瀬、こちらの不安を見透かしたように切り出してきた。
  占いかあ。私は考えた。正直言って、占いは嫌いじゃない。まして今では中瀬が言うように、一寸先は闇の仕事を生業にしている身である。果たしてこの先、どういう将来が待ち受けているのか。ちゃんと家族を養っていけるのか。たとえ占いといえども、それがどう出るのか、興味がないわけではない。
「そんで、どんな占いをするのさ」
「占いちゅうても色々でな。ざっと東洋、西洋に分けられるんやけど、さらにこれを分類するとやな、生年月日で占う占星術とか四柱推命、算命学、0学。次に手相、人相、家相なんて相を診るもの。それにタロット、易、ダイス。この三つがあるなぁ。それ以外に霊感ちゅうのもあるで。それを一通り回って記事にするんや」
  さすが占い好きの中瀬である。淀みない口調でまくし立てる。
「そんでな、新大久保に霊感占いの凄い人がいてな。わてが父ちゃんとのことを診て賞ったら、生年月日を言っただけで、『この人、四十三から四十六までは暗く、寂しい所にいた』そう言い当ておったんや』
中瀬の言う父ちゃんとは作家のS氏のことだが、その期間、彼が『暗く、寂しい所』にいたのは、この業界にいる者なら誰でも知っている。「そいつあ、凄げえな」何だか今度の企画は面白そうだ。断る理由は見つからない。かくして占いのハシゴは早々に実行されることになった。


若い女性に縁がある

 占いに同行したのは例によって言い出しっべの中瀬、それにジャックの二人である。まず最初に向かったのは、新宿の小田急ミロードにある占いコーナーだった。三人いる占い師の中から私はタロットを、ジャックは九星気学を選んでそれぞれのブースに分かれた。私を診ることになった占い師は、光華マヤ先生。ソバージュのかかった長い髪が印象的なスレンダーな女性だ。
  もちろん、最初に占って貰ったのは仕事の行く末だ。ひとしきりの会話を交わしたところで、タロットカードがシャッフルされる。ここのブースは、階段の踊り場の一画にあるために、中年のオジサンが占いに興じているのを見られるのが何だか気恥ずかしくなってくる。カードが正位置、あるいは逆位置、入り交じってテーブルの上に広げられる。マヤ先生の解説は丁重なものだったが、かいつまんで言うと、おおよそ次のようなものだった。
「ここまでの仕事は順調にきた。今は少し壁に突き当たっている状態。少し、持っている物を絞り過ぎたきらいがある。少し休養、充電が必要。そうすればまた新たな展開を迎え、結果はOK」。意外だったのは、「身近にいる若い女性を大事にしなければだめ。その人が大きな助けになる」と言われたことだ。しかもこの女性、すげえお嬢様だという。
  若い女性と言われてもなあ。家人はもう四十二だから『若い』とは言えないだろう。それに蟄居に等しい日常を送っているのだ。若い女性なんて周りにいやしない。いや、いるか。銀座のおねえちゃんか。すると、その中の誰かが―。その正体はついぞ分からなかったけれど、何やら楽しそうなことが起こりそうな予感を抱きつつブースを後にした。
  一足早く終わっていたジャックにどうだったときくと、
「何かね、僕の性格って、『企画計画能力はある』『女性には親切』『外見は優しそうだけど頑固、気が強い』『神経は細かい』というところに要約されるんですって」
「そんなもん、占い師に診て貰わなくとも、わてにだって言えるわい」
すかさず中瀬が胴問声を張り上げるが、そりゃ中瀬、あんたはジャックを毎日見ているからそう言えるんだよ。一両識もないジャックの性格を言い当てるなんて、それはそれで大したもんじゃないのかな、と思う。ただジャックが続けて言うには、
「仕事運や人間関係、女性運について診て貰ったら、『あなた運を拾ってるよ』『先々を見ていくタイプ』『世渡りはうまいでしょう』とか、いいことしか言われなかったんですよ。でもさ、僕程度で『運を拾っている』と言われてもなあ。四十二にして独身、家庭も持たず、人並の幸せとはほど遠い人生を歩んでいるのに、これで運を拾っていなかったらどうなってるんだよ、俺・・・」
いいことを言われたといいつつも、ちょっと寂しげな表情を浮かべる。おまけにジャック、元来の博学ぶりが災いして占い師さん相手に、『一白水星』とか『二黒土星』とか占いの専門用語を連発したものだから、相手もすっかり乗ってきて、 一時間のほとんどを占いにまつわるヨタ話に費やしてしまったらしい。
「これで五千円はちょっと高いよなあ」と、ぼやくのだが、ジャックそれは自業自得ってもんだぜ。


背後に観音様?

 とにかくそこを辞した我々は、いよいよ中瀬お奨めの霊感占い師、金彗星先生のところに赴いた。場所は意外にも職安通りにある焼き肉店『皇帝』。初めてお会いする金先生は、とても上品な顔立ちをしたご婦人で、時問の制約もあるのでここは私一人が診ていただくことになった。金先生に尋ねられたのは、生年月日と生まれた時間だけ。道具は何一つ用いない。身一つで私の前に座っているだけだ。もちろん、ここでも最初に訊ねたのは最も気になる私の仕事のことである。金先生は、
じっと視線を机の一点に向けたまま暫く何事かを考えていたよ
うだつたが、おもむろに口を開くと、とつとつと話し始めた。
「あなた、凄くいい星の下に生まれた。この六年の間はちょ
っと停滞ぎみだったけど、十月に入ると運気が変わる。凄く
良くなるよ。特にこれから七年は、仕事は順調だよ」と、い
きなり心強いお言葉を賜る。確かに考えてみると、この稼業
に入って八年、デビュー作、二作目は凄く良く売れたけど、
三年日に入った辺りからは、前ほどの勢いはなくなってきて
いたことは事実だ。
中瀬が「とにかく凄く当たるんだから」と力説していたのが脳裏を過り、ちょっと嬉しくなったけど、自分の実力は誰よりも私自身が良く知っている。それでもちゃんと食っていけるのか、という不安は拭い去れない。そこで今度は自分の心情を正直に話し、さらに問うたところ、金先生、
「あなたには神様がついてるんだよ。観音様がついてるんだから大文夫!」
  きっぱりと断言なさった。まあ確かに、私程度の物書きが、この道一本で八年間も食い繋げたこと、それ自体が奇跡に近いものがあることは事実だ。よほど強い何かが私を護ってくれているんじゃないかと漠然と考えたことはあるのだが、まさかそれが観音様なんて大それたものだとは思いもしなかった。とにかく仕事に関しては、こう言われてしまうと続けて訊くことはない。そこで、質問を二歳になったばかりの子供の将来に変えたところ、
「順調に育つよ。この子は親離れが早いよ。さっさと自分でやりたいことを見つけて、自分の道を歩み始める。中学でアメリカの学校に行く」
それを聞いてぎょっとした。普通ならば我が子が中学からアメリカに行くなんて言われたら、そんな馬鹿なと思うだろう。しかし、私自身が学生時代に二年間、アメリカの学校に学んだことに加えて、その後十五年に渡って働いた会社もアメリカ企業だったこともあって、そこでの経験から、子供にはできることなら彼の地で教育を受ける機会を持たせたいと、密かに考えていたのだ。もちろん金先生は私の経歴など知らない。予約を入れたのは中瀬だが彼女だって私が何者であるかは教えてはいないし、ましてや子供に対してどんな願いを抱いているかは家人にさえも話してはいない。それを金先生は生年月日と生まれた時間だけで、こちらの心中を見透かしたようにぴたりと言い当てたのだ。
  この先生凄いかも …。思わず絶句した私に、金先生はさらに続けた。
「それに、子供は一人じゃないよ。再来年もう一人生まれる。女の子が見えるんだよ。」
「再来年って・・・それじゃ僕、七十まで働かなきゃなんないじゃないですか。それにその頃うちの家内は四十四になってますよ」
「生まれるものはしょうがないんだよ。それにあなた、八十まで仕事するよ。八十九歳まで生きるからね」
  それを聞いてちょっとブルーになった。元来怠け者の私は、一日でも早く引退し、どこか気候のいい所で、ゆっくりと余生を過ごすのが夢だったからだ。それが、八十まで仕事をするとは・・・。
  金先生の予言はまだ続く。
「死因は肝臓だね」
  確かに私は酒呑みだ。それに両親とも癌家系である。親威の内科医が『肝臓癌だけでは死にたくない』と言った言葉を思い出し、「肝臓ってお酒?それとも癌ですか」と恐る恐る訊ねたところ、
「まあお酒よりも、疲労だね。疲れが溜まってそれが命取りになるんだよ」
  そうだろうなあ。世間ではどう思われているかは分からないけれど、物書き稼業は気力と体力を物要く使う仕事だ。これを八十まで続けるってんだから、そりゃあ疲れもするだろう。最後はボロボロになって死ぬのかあ。と、ちょっと悲しくなる。最後に家族関係を訊ねたところ
「あんたがいい人生を送るんだから、家族が不幸なわけないでしょ。心配ないよ」
  ごもっとも。死に方はともかく、私の将来にあまり不幸な出来事は起きないらしいことに安心しつつ、一時間ほどの占いを終え、中瀬、ジャックの元に一戻ると、
「どうやった、楡どん」
中瀬が目を輝かせながら訊ねてきた。
「うん、あんまり悪いことは言われなかった。何でも俺には観音様がついてるんだって」
「げっ!そんなええこと言われた人は初めてや。わてなんか何やわけの分からん町人がついてると言われたのに」
  どうやら私が悲惨な運命を告げられることを密かに期待していたらしい。口を尖らせ、いかにも残念という表情を浮かべる。
「観音様って、あれですかね、大股開いた女が楡さんの後ろに見えたんですかね。ひひひ」
  ジャックが卑猥な笑い声を上げながら顔をくしゃくしゃにして、茶々を入れてくる。
  なあジャック。どうして君の想像はそういう方へと向くのかなあ。そんなことを言ってると、本当に観音様のパチがあたるぞ。中瀬の前だからいいようなものの、他の女性の前で言ったら、縁遠さに拍車がかかるってもんだぜ。と、内心で毒づきながら新大久保を後にした。


大名相を持つ男

占いの梯はまだ続く。金先生の元を辞した私たちは、それから渋谷に向かった。今度の場所は
道玄坂の中ほどにあるパチスロ屋の裏というとんでもないロケーションだった。店内から引っ切りなしに漏れ聞えてくる電子音の中に三人の占い師さんがブースを構えている。ここはジャックがインターネットで検索して予め当たりをつけていた所で、国内最大の占いチェーン店であるらしい。金先生の所はともかく、今回の企画を実行するに当たって中瀬がジャックに命じたのは『よく当たるけどあまり知られていない所』。つまり隠れた名占い師を探せ、というものだった。しかし、そうは言われてもそんな条件に見合う占い師を探しだすのは至難の業というものだ。効率良く当たりをつけるとなれば、今の時代ネットが最も早い。それでジャック、早々にネットで検索を試みたらしいのだが、世の中にはこんなに占いがあるのか!と、途方に暮れるほどの件数がとットしたそうな。占いだけで生計が成り立つほどの収入が得られるのかどうかは分からないが、仕事にせよ恋愛にせよ、先の見えない不安に駆られ、占いに走る人間は世にごまんといるものらしい。
  実際私たちがここに到着した時点で、待合いの椅子には三十そこそこといった男性が、ちょこんと座って順番を待っている。若い女性も次々に押しかけて来てかなりの繁盛ぶりだ。
  私は、その中から手相と顔相占いを選んだ。今度はテーマを明確に告げず、運勢全般について診て貫った。手相を一見したところで、「あなた、五十五歳で浮気しますね」といきなり嬉しいご託宣。結婚していても私だって男の端くれだ。やはり色恋沙汰の一つや二つあった方が楽しいに決まってる。もっとも、これが深みに嵌って、家庭争議なんてことになるのはちと困る。しかし、それについてはそう深刻なことにはならないらしい。つまりちょっとしたアバンチュールを楽しむ程度のことらしい。よしよしと、ちょっといい気分になったところで、占い師さんが
「ん?」と言いながら私の指先を虫眼鏡でしげしげと眺め始める。
「あなた全部の指紋が奇麗に渦を巻いているのねえ。これは大名相と言ってね、運気に乗ると大出世するのよ」
  大名相かあ。前回(本誌八月号)の女装写真を見て気が付いたんだけど、俺は化粧をして殴様ヅラを被れば、サンパを踊る松ケンだもんな。だけど問題はその運気ってやつだ。訊けば、それは百二十年周期で回ってくるものらしく、私にそれがいつ回ってくるのかは、「もっと詳しく診てみないと分からない」と言う。
何でもこの相は、貴乃花とかライブドアの社長も持っているのだそうな。嬉しいご託宣には違いないけれど、でもさ、おばさん、あんた貴乃花やライブドアの社長の手相、診たことあんの? と、どっちらけになる。まあそれでも見立ては丁重で、一時間五千円。ちょっと高い気は
したけど、それより気になったのは、おばさん、あんた、ちゃんと確定申告してんだろうね。考えてみれば占いをやって貰って領収書を要求する人なんてそうはいない。つまリポッケナイナイしようとすればいくらでもできるっちゅうもんだ。どうだ警察の諸君。あんたら人の指紋と日夜格闘してるんだ。領収書を偽造して裏金つくるなんて姑息なことをするくらいなら、いっそ非番の警官に手相診させて、それをプールすりゃ、結構な裏金作れるんじゃないかな。もっともそれでしょば代をヤーさんに払ったりしたらお笑いだけどさ。
  それから、渋谷ではセンター街にある占いの館に行って、星占いとタロットをする女性占い師に診て貰ったのだけど、ここは何人かの占い師が常駐していて、見るからに怪しげな兄ちゃんや、私は女性しか診ない、という女性占い師がいたりで、何だかなぁ、という感じ。私が診て貰った占い師も、言うことが漠然としている上に、見立てに一貫性が無く、信頼性に乏しいことこの上なかったので感想はパス。それでもここも次から次へと客が押しかけて来て中々の賑わいぶりだから不思議なものだ。


占い師にもぽん引きがいた!

その後占いと言えばやはり易だろう、ということになつて、銀座へ移動して数寄屋橋近辺の路上にたむろする占い師を物色する。この時点ですでに四軒占いのハシゴをしたことになる。さすがに半日の間にこれだけの数をこなすと、ちょっとうんざりしてくる。二度往復したところで、「何か悩んでいるようだけど」と、一人のおっさん占い師がジャックの袖を引いた。風俗のぼん引きってのはよく目にするが、占い師にもぼん引きがいるんだとちょっとびっくり。結局ジャックはそのぼん引きに、私は隣で易の世界では有名な、易断の看板を掲げる易者さんに診てもらうことになった。
  しかし、これがどうにも素人っぼい。最初にやったのが名前の画数から運勢を診るのだ。本名、そして仕事で使っている名前を告げると、
「どうして本名を仕事に使わなかったんです? こっちの方が要くいい画数なのに」
  そりゃそうだろう。私の本名は父親が運勢占いの本と三日問格闘し、最高の画数が揃うようにしたんだもん。この手の本を読むと、これ以上はないという組み合わせになっていることは知っている。だけど、藤圭子の歌じゃないけれど、十五、十六どころじゃなく、二十代になるまで、私の人生真っ暗闇。名前の画数で運勢が決まるなら誰も苦労しやしない。大丈夫かよ、おっさん…と思いながらも易を立てて貰うと、出た卦をメモするや、一冊の本を取り出し。ページを捲り始めた。何のことはない、易断の教本である。おっさんの見立ては、そこに書いてあることをただ読み上げるだけ。おっさん、こんなもんなら俺だってできるぜ。これで三千円はねえだろうと、憤然と席を立った。
  一方のジャックはといえば、やはりぼん引きなんかについて行くもんじゃない。おっさんが言うには、手相、姓名、易、気学などを総合的に判断すると豪語していたそうなのだが、姓名と言っても、
「マ行とラ行を名前に持っている人はいいんです」
  何だか根拠に乏しいこと甚だしいことを言い始めたのだそうな。そしてやにわに手相を診ると、
「あなたは友人、知人を家に呼ぶといいね。そうすると運が開ける」「部屋をパープルにするんですよ。カーテンとか内装をスミレ色にして下さい」「それから体力をつける必要がある。自転車がいい。あのオリンピックで日本人選手が期待された、何ていいましたっけあの競技」
「競輪ですか」
「そう競輪。競輪やって下さい」
  どこの世界に自分の部屋をパープル一色にする人間がいるだろうか。そんな怪しい部屋に住む人のところに喜んでやって来る友人がいるだろうか。ましてや競輪をやれとは…もうおっさん無茶苦茶。
  しかも見立ては僅か十分そこそこ。これでやっぱり三千円も取ったというのだから酷いものだ。


占い必勝法とは?

 占いを信じるか信じないかは、人によって大きく見解が分かれるところだろう。私見を述べれば、多くの占いは、膨大な年月とデータの蓄積による統計学の一種だと言えるのではないかと思う。手相を例に取れば、成功した人物、あるいは不運な人生を送った人間に見られる共通した相というものがあり、それを頭に詰め込んでいるのが占い師というものなのだろう。星占いや、四柱推命などもこの一種だ。しかし、説明がつかないのは霊感占いだ。金先生との間では、個人的なことゆえ本誌には書けないかなり込み入った話もしたのだが、答えは明確にして納得が行くものだった。不思議なことに、家人が信奉する京都のとある神社の神主さんの見立てと、驚くほど共通していたものがあったことも事実だった。もちろん私の将来が果たして金先生の見立てた通りになるかどうかは今の時点では分からない。しかし、当たっているかどうかは、再来年、我が家にもう一人の家族が誕生するか否かではっきりする。その時は改めて本誌上でご報告することにするが、今回の占いハシゴで一つだけ再認識したことがある。
  一つは、質問の内容を予め明確に絞っておくということ。そうじゃないと質問を重ねる度に別料金が加算されることがあるのでご用心。さらに占い師といえどもやはり性格が顔や服装に出るということだ.占いというとミステリアスな雰囲気を連想しがちだが、少なくとも今回まともという印象を抱いた占い師は、身なりも質素で温和な顔立ちをしたおばさんが多かった。まあ、これは人間にはどうしても相性というものがあるからそうした印象を抱いてしまうのだろうけれど、その人柄は必ず外見に出る。数多くいる占い師からこれぞという人物を選ぶには外見をよく見る事が肝要だろう。それからもう一つ、まともな占い師は決して法外な鑑定料を要求もしなければ、奇妙な行を課したりもしないということだ。その点から言えば、今テレビで爆発的人気を誇る、観音様が土左衛門になったように浮腫んだ顔をしている女占い師なんて絶対に当てにできない。そもそも占いというのは不安を覚えた人の心を少しでも癒す、あるいは不幸な卦が出てもそうならないようにする指針を授けるためにあるものではないだろうか。そう考えると、占い師に求められる資質は、宗教家に求められるそれと似たところがある。まともな宗教家にデブはいない、というのが私の持論である。厳しい修行をし、信者の規範となるべき人間が、どうしてデブることができるのか。そこからだけでも日頃どんな生活をしているかは容易に想像がつくというものだ。それはデブの私が誰よりもよく知っている。
  最後に、少なくとも本誌の読者にあっては、ジャックのようにぼん引き占い師には引っ掛かりませぬよう。それこそ時間とお金の無駄以外の何物でもない、ということだけは確かなのですから。
(にれ しゅうへい)  
 
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