人間の世界には240ほどの国があり、天国には三十三千大千世界の国があります。
私たちが生まれる前、全ての世界を守る平和の神、宇宙の中で一番強い自然の神様が昔から命を作り出しています。
天国の美しい七つの星の国で金輪寶界熾盛光如来佛様がわたしたちの寿命と全ての縁を結んでくれます。
また帝釈天王から福と力をもらい、恵まれて人間の世界に生まれてきます。
父親から骨をもらい、母親から身体をつくってもらいます。
わたしたちは輪廻にめぐって、前世の自分が蒔いた良い種、悪い種(良い人生、不幸な人生)を持って生まれます。
そこで器を大きくつくればたくさんの収穫が入り、小さくつくれば少ない収穫しか入らないのです。自分がつくった因果応報です。
自分が上の立場で、えらい立場になったとき、下で自分をサポートしている人たちをいじめたり、ひどくわがままをした場合、生まれ変わった時には逆の立場になってそのひとたちがあなたをいじめる場合もあるのです。それが因果応報です。
たとえば、夫婦の仲が悪いとき、人間として、家族や身近な人たちを大切にしなければ来世は辛くて悲しく寂しい人生になります。それも因果応報です。
親子、兄弟、夫婦、身近になる人たちは何千年から一万年の縁がある人たちで、一緒に生まれ変わり、一緒に輪廻をめぐっている人たちです。
仕事や職業も同じです。自分の立場も金銭的な財産も世界や国は自分が一生懸命選んでやってくれば、後悔をしません。
自分に効果があるもの、縁があるものは廻りめぐってくるのです。その縁も役割が終わると自然になくなってしまうものです。ですから縁があったときにはそれを大切にすることです。
縁の長さでいうと、一生離れない、ずっと歩んでいく人(例えば仏様とお坊さん)たちは1万年も続く縁があり、親子は9千5百年、兄弟は9千年といいます。また、夫婦になって8千年、従兄弟関係、先生と生徒は7千年、一番近い友達は6千年、同居したり、一緒の仕事仲間は5千年、隣の家の人は4千年、少しだけ触れた人は3千年、ちょっとだけみかけた人は2千年、すれ違った人は1千年の縁があると言われています。
いい種を蒔けばいい収穫ができます。
努力しなければ収穫ができないので、いつも忙しいのです。
自分が選んで自分の道をつくっていきます。
輪廻にめぐって、その道を歩いてきたので、その特性、特技を生かして地道に努力していきます。
急にその特性が備わったわけではありません。
何年も何千年もの縁の中で繰り返し繰り返し鍛錬されていったのです。
宇宙の中で蒔いた種はかならず戻ってきます。丸い線で一周しているようなものです。たとえちりひとつでも閻魔大王(死神)の自然の鏡(罪を映す鏡)に隠すことはできません。縁を断ち切ることは自分の力ではできません。
死神である閻魔大王からみると、わたしたちの存在は井戸の中の蛙と同じです。
わたしたちの生活には無駄なことがなにひとつありません。
宇宙の中にある地球、わたしたちの世界で、植物や虫、動物など全てなければだめなのです。自然の神様が全て数えているので、足らないものは神様が足してくれますし、いらないもの、縁が切れるもの、世の中で不要な命はすべて、自然の神様が戦争、地震、事故、病気のかたちで持って帰ります。役割、使命が終わったものの命を奪っていくのです。
縁があるものについては自然の中で命を与えていきます。
良いことをすると天国に、やり残したことがある、または希望がある人はもう一度自分の力で明るく人間界に戻ることができます。しかし自分だけの幸せのために欲張ったり、人をいじめたり、人の運命を邪魔して悪いことをしたり、裏切ったりすると、その罪によって欲張りな動物に、戦争が好きな阿修羅に、悲しくて寂しい幽霊に、灯りひとつない暗い地獄に生まれ変わるのです。
それが因果応報です。
わたしたちは悟を開いて涅槃にならない限り、六道の中、旅をし続けるのです。

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