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●金剛般若波羅蜜経〜はじめに〜(2009.7.20)

はじめに 

 金剛般若心経(こんごうはんにゃしんぎょう)の金剛は黄金の意味で、これは色が変らずに、黄金自体は強く壊れないという意味です。なくならず永遠に続き、これ以上はない、という最高の意味なのです。

 龍は龍珠をもっていなければ龍ではありません。龍珠を持っていないのは龍になるために長い年月かけて修行をしているただの蛇なのです。それと同じ様に私たちは智慧がなければ、輪廻の世界をさまざまにただただ巡り回るだけで、抜け出すことができません。霊感を開いて、悟りを開くのは龍珠をつかんだことと同じことなのです。

 金剛般若心経を授かれば、自分自身が永遠の黄金になって、智慧が明るくなり、オーラが光り輝き、肌が生き生きし、ぴかぴかと光りだします。世界では金剛般若心経の他にパワーを持ったものはありません。

 金剛般若心経の歴史はお釈迦様が悟りを開いて24年の間、四聖諦の説法をしていた中から生まれました。それなのでこの経典は宇宙にある森羅万象を全て悟る力があり、全ての生命たちを導き、悟らせるパワーそのものなのです。内容を理解すれば、誰でも未来は苦痛から抜け出して明るくなり、来世は苦しい輪廻から抜け出し、天人に生まれ変ります。天国と通じて、仏様、菩薩様、神様になるのです。なぜならみんなが霊感を開いて悟るからです。そしてこの経典を理解して教えることができるようになれば、それはその日から天人になっているのも同然なのです。

 何百、何千、何万、何億回と生命は輪廻をさまざまな姿で生まれ変わります。すべては悟りの道を進んでいるのです。最終的にはみんなが悟ることになるのですが、その行程を歩いて行くのかジェット機で行くのかの違いがこの金剛般若心経を理解するかどうかにかかっているのです。

 

 悟ることはそんなに簡単ではない、と疑っても意味のないことです。この経典をよく読んで理解してください。私たちの執着からおきる妄想や幻想についてお釈迦様は何度となく話していらっしゃいます。
 私たちはよく勝手に妄想でつくりあげた中で、わがままをしたり執着をしたりしているのです。もちろんこれは仏教の経典であり、お経なのですが、実はそんなに難しいことを言っていないのです。何千万億年も前からずっと続いている自然の中から当たり前に生まれてきている真理なのです。お釈迦様が私たちの日常の生活でおきることを解決する答えについていっているのです。

 

 今、不安や悩みがあったり、パニックな状況に陥っていたり、苦しみが続いている人がいます。苦しみはいまここにある苦しみだけでなく、前世から続いている苦しみもあります。誰もがこの苦しみから抜け出し、幸せになりたいと願っています。さらに百千万億の苦しい輪廻を一瞬で抜け出したい、と全ての生命は本来望んでいます。

 苦しみはいろいろな苦しみがあります。もっと具体的にみてみましょう。好きな人ができて、告白し、恋愛をして、そして別れる苦しみがあります。結婚をしても別れてしまうことがあります。子供についての苦しみを持つ人もいます。転職し続ける人、お金がなくて苦しんでいる人、夢や希望をあきらめてしまう人、体が思うように動かないと嘆き苦しんでいる人、テスト勉強をがんばっても思うように試験が通らない、資格がとれないと思って苦しんでいる人、自分には生きる価値がない、世の中で必要とされていない、社会に出ればいじめられて、攻められるだけだと思っている人がいます。

 苦しみは期待する心と執着から生まれています。それは現世の自分だけからではなく、もちろん前世の魂からもずっと続いているのです。金剛般若心経はこのことをはっきりとしかも簡単に説明しています。苦しみもまた幻なのです。私たちは目の前のことに振り回されて、いろんな考えを付け足していきます。否定的にとると苦しみにつながります。肯定的にとりすぎて、慢心すると失敗します。勝手な意味づけをしているだけで、全体が見えていないのです。執着をして、幻をつくりあげ、苦しんでいるだけなのです。

 苦しみや不安に我慢できない人が多くいます。そしてたくさんのことを諦めてしまうのです。時には生きる事さえも。

 ほとんどの人が知らないことなのですが、私たちは誰でも百千万億種類ものさまざまな才能をもっているのです。この神妙章句で書いてきたことですが、私たちの魂は神様からつくられ、魂自体が神様だと考えてもよいのです。前世を何度も繰返し生まれ変りながら、さまざまなことを体験し、訓練してきました。ある時は国の王や姫になったり、山芋売りや乞食になったり、動物や魚になったり、山や川になったり、火や水になったりしたこともあるのです。その経験からくる才能が私たちに備わっているのです。その才能を現世で活かせないはずはありません。魂の貯金は限りが無いのです。星の数ほどの貯金をもって私たちはこの世に生まれてきています。

 「自信がなくてできない」あるいは「あの人はできるのに自分にはできない」などと思うことは、将来が見えず、予測ができていないだけなのです。もし予測ができて、もともとある才能をしっかりとつかみとって努力すれば、人はなんでも希望を叶えることができるのです。人の人生の中ではいろいろなことがおこります。今、現在、この時点だけをみれば苦しいことしかないように見えるかもしれません。しかし、それは移り変わる四季と同じように必ず変わり続けます。明日突然、運命が変わり希望がかなうかもしれません。未来で素晴らしい環境で生活しているかもしれません。魂の持っている力は限りがないのです。不安や苦しみの中では、そういった本来の姿や力が見えていないのです。むしろ何も見えていない(無明)だからこそ不安や苦しみがあるのです。将来をわかっていれば苦しみません。自分で勝手につくりあげていることだ、とはっきり理解したら苦しむ必要もないし、苦しんだり悩んだりする時間すらも、もったいないと感じるでしょう。ほとんどの人が前世も来世も、そして現世の自分の姿すらも見えていないのです。

 私は常に声を大きくして、怒りをもって言いたいことがあります。人生がまだまだあり、自分が経験もしていないのに「諦めるな」と強く言いたいのです。不安や苦しみに押しつぶされそうになったら、金剛般若心経を何度もとなえてみてください。お釈迦様が何をおっしゃっているかを理解してください。この経典は見えていない私たちを鏡のように映し出し、私という魂はなんであるかを映し出し、教えてくれます。見えて、理解し、悟ることは実は簡単なのです。否定的な考えも、肯定的過ぎる考えもなく、縛られず、執着せずに誰もが悟ることができるのです。金剛般若心経とともに生きることによって、私たちは大きな慈悲心と明るい神秘の力で生きていく事ができます。それはもちろん苦しい人々をひとりでも支え、導いて、やがて世界の平和につながっていくことになるのです。執着から抜け出し、須弥山ほどの大きい慈悲の心を持つようになるのです。

 悟りを開くことを車の運転免許がとれることとして喩えることもできます。悟る前の私たちは運転するために練習をしていることと同じです。現実の苦労で智慧を磨き、経験を積みながら、勉強し、練習をしているのです。免許証をとるように、悟りを開いて輪廻から抜け出すことができれば、どこへでも行けるようになるのです。天国でも地獄でも世界どこでも苦しんでいる生命たちを助けるために車を走らせることができるのです。

 乗り物は車だけではありません。船や飛行機、電車などたくさんあります。乗り物はあっても、運転の技術がなければ、それらを動かすことはできないのです。また、乗り物をつくるための技術や智慧も必要です。しっかりつくらなければ、途中で壊れてしまうかもしれません。いろいろな試行錯誤を繰り返してつくります。それが現在の私たちの生活や経験なのです。

 たとえば、貧しい生活から抜け出したいと思った人がいたとします。豊かな国にいくためにたくさんの時間やお金、労力をかけて船をつくって運転をしてたどり着きました。けれども自分でつくったその船に執着してしまい、豊かな国に到着しても、未練をもってその船をずっと持ち運んでいれば、重くて邪魔になり、幸せにはなれないのです。もう既に豊かな国で幸せなはずなのに、未練によってなかなか捨てられずに、いつまでも執着し、現実の幸せに気付かなくなっているのです。

 私たちは肉体を持った人間に生まれ変わってきたという目的を既に達成しているのです。人間そのものが神様から授かった龍なのです。仏教だけの話ではなく、人間として生まれ変ってきた幸せとその責任がもともとあるのです。苦しんでいる生命たちがそこから早く抜け出せるように、私たちが経験し、身につけてきた技術や智慧をもとにして、教え、導いていくのです。

 

 

 

 

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