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●私たちが夜眠れないわけ (2009.7.27) 

 24時間の内で、私たちは朝目が覚めると、なんでもやる気持ちがおきて、心が忙しくなります。外が明るければ、出かける気持ちになります。どんな苦しみや悩みがあっても、忘れることができるのが朝なのです。今日一日、現実的にぶつかる仕事を生きるために無我夢中で責任感をもってがんばるのです。

 昼は人と話したり、仕事をしたり、楽しみがわく時間でもあります。それが夜のご飯を食べるまでずっと続いて、よいエネルギー・パワーを使っているのです。
 それは世の中で生きるため、みんなが夢中で一生懸命生きているからこそ、その中に一緒に入り、空気にのまれて、自分の悩みや不安を忘れることができるのです。ふと気がつくと自分も一生懸命に生きているのです。

 身体を使わずに頭ばかり使う仕事、特にものを書いたりするような仕事は血の流れが悪くなり、疲れは倍増します。またコンピューターをいつも使っている仕事、研究職、教職、話す仕事、デザイン、編集などもそうですし、カウンセラーなど人の話を聞く仕事もそうです。頭や気を使う仕事は常に身体の一部である頭だけが動いているので、考えも多くなるのです。
  気や気力だけがなくなって、肉体はあまり疲れていないので、循環も悪くなり、なかなか眠ることができません。

 一方で体をつかった仕事は肉体的には疲れるのですが、夜はすぐ眠れ、ストレスがあってもなくても、よく眠れるのです。誰でも肉体のエネルギーをもっています。エネルギーが強い人もいれば、もちろん弱い人もいます。気が弱い人もいるのです。自分が持っている能力よりも重い仕事をしている人もやはり眠ることができません。

 

 眠る前はただでさえさまざまなことを思います。過去の記憶があるもの全てがよみがえってきます。一日の気力が全部とられて、充電が全て使われきった時間なので、悪い考えしかよみがえってきません。寝るときに不安や悩み、悔しい思いがよみがえってくれば、息が苦しくなって頭が重くなり、ますます眠れなくなります。

 別れたあの人とのこと、別れては良くなかったのではないか、あの人はあんなにもひどい人だなどなど人を攻めるような気持ちになります。または、このままずっと出会うことがないのではないか、という痛切な孤独と寂しさを感じます。

 仕事については、取り戻せない失敗について、上司に怒られたり、部下に反抗されたりしたことについて思い出し、スケジュールが迫ってきていること、いつ終わるかわからないような不透明な仕事、見合うことの無い給料などについて考えてもしょうがないことをついつい考え巡らせてしまいます。転職できるのかどうかわからない不安、出世できるかどうか、商売がうまくいかないのではないか、転勤させられるのではないかという不安があります。この仕事で一生が終わっていくのだろうか、自分に本当にあっているのだろうかという不安もあります。

 人にお金を貸したりしているために、それが返ってくるのかどうかという不安もあります。投資先の上がり下がりについても気になりすぎることがあります。

 家族についても考えます。子供の現在、未来についての不安、自分が死んだらどうなるのだろうというさまざまな不安が襲ってきます。

 病気も夜にやってきます。昼の明るい環境では話す力があったものの、夜になって気力が衰えていくときに、亡くなっていく人がいます。痛みは夜によく感じられます。病人にとっては、夜とはもう二度と明けることのないように感じるほど長く感じられるのです。重い荷物をもって歩く人は目的地が人一倍遠く感じられるのとおなじように、重ければ重い病気なほど夜が長いのです。苦しくてがまんができなくなります。うつ病も夜をきっかけとして発症することが多いのです。そして昼夜逆転してしまい、また夜が辛い時間帯ともなってしまいます。

 生きている事の辛さが夜に一気に吹き出てくるといってもよいでしょう。平和な世界が突然割れてしまうような不安が夜におきるのです。さまざまな悪魔が働き始めて精神的に私たちを攻め立てるのです。

 夜眠れないからといって、インターネットなどをしてしまうと、余計に眼がさえてきます。夜寝るときにお祈りをしても同じです。私が体験したことでもあるのですが、眠れなくてお祈りをしたら、ますます眠れなくなってしまったことがありました。それから、夜に大事な考えを文章にまとめようとしたりして精神を集中させてしまうのもよくありません。

 あまりにも眠れない人は睡眠薬や導眠剤を飲んだりしますが続けて飲んでいくと、今度は薬がなくては眠れなくなり、薬の副作用なのか頭が重くなったり、記憶することが難しく感じることになります。昼にがんばりすぎてサプリメントや栄養ドリンクを飲んでも同じ事です。

 眠らなければ肉体が長くもたずに早く死んでしまいます。眠るときに身体がホルモンをつくり、気を整えて循環させ、智慧も明るくなり、記憶も定着し、思い出が取り戻されるのです。

 夜に眠れないことが癖となり、首が重くなり、肩がこり、胸が重くて息苦しくなって、怒りやすくなり、頭が痛くなります。その次の日は便が出にくくなり、ガスがたまり、小便をしてもすっきりしないのです。胃腸の具合も悪くなります。身体がむくみ、重くて家でぐずぐずしてしまい、他人に自分のそういった姿をみせたくなくて、外にでかけたくなくなります。引きこもりやパニック障害の始まりです。最後には吐き気がして、人生が楽しくなくなり、将来は真っ暗で、生きている事自体が苦しくて、辛くて、恨んでいる人の命さえ奪いたい気持ち、自分すらも死にたくなる気持ちになります。ここまでくれば完全なうつ病になっています。体のバランスが崩れてしまい、コントロールできなくなります。

 私たちは自分の身体は自分自身が一番の長い付き合いなので、生みの母よりも病気の専門の医者よりも一番良く知っています。私たちみんなにとって大切なものは肉体と命よりほかにはありません。世の中で私たちの本当の大切な財産とは肉体と命なのです。

 私たちは裸で生まれてきてあらゆるチャレンジをして、さまざまなものをつくりあげてきましたが、それにこだわらずに、執着せずに自分の身体を大切にしていくのです。裸で生まれて人生が始まり、その後は常にプラスになっていくだけで、失うものは何もないのです。失ったと思うようなことがらも「経験」と考えれば、それはプラスでしかないのです。マイナスなことなどひとつもありません。誰かが「失敗」と呼んだことも、その経験を生かし、同じ失敗で苦しんでいる人と共感する事ができ、人を支え、教えたりすることで、その人にとってはプラスになるのですし、さまざまな経験は私たちのエネルギー・パワーとなっていくのです。

 そして波乱万丈、不安の中を我慢して生き抜いてきた最後にはその経験、智慧で今度は他の人を支え、助け、導き、教えるという尊い行動をおこすことができるのです。それが人間の生きてきた資格という責任なのです。

 

 夜寝る事はそんなに難しいことではありません。これは癖や習慣についていえることであり、夜に早く寝る癖をつけてしまえばよいのです。私たちが生きている目的は身体が健康で、自分の役割を100%果たして幸せになることです。

 良いことも悪いことも悔しいことも辛いことも生きているからこそあるのです。それは決して永遠には続くものではありません。代わる代わるやってきます。世の中全ては定まっていません。言いかえると、定まるものはひとつもないのです。

 生まれてきた子供は子供時代に好きな歌、音楽、ファッション、アニメ、勉強などがあり、それを楽しんだり、享受したりしています。そして青春時代はその時の流行るものがあります。大光寺の前に青春真っ只中の人たちが集まるクラブがありますが、そこでは恐いものなしで、不安なことは何もないかのように行動している人たちがたくさん集まってきて楽しそうにしています。神様も仏様もご先祖様も信じることがなく、夢中になって他のことは見えないのです。信じる人もほとんどないので、他人に何か言われても、素直に話を聞く耳を持ちません。どんなに愛情をもって話しても、悪い方にしかとることができないのです。

 世の中、世間についてもうどうでもいいという考えにいたるのもこの時期です。自暴自棄から、中毒性のあるものにはまってしまうきっかけになるのです。責任感や、良心も弱く、ある種のパニックになっていくのです。私たちは同じ世の中で、同じ空気を吸っているのですが、この時期は信頼できるような関係を誰もが持てないでいるのです。

 パニックとははまりすぎることです。パチンコ、ギャンブル、お酒、買い物、旅行、ゲーム、叶わぬ恋などにはまりすぎて借金をしたり、他の人に多大な迷惑をかけたりするのですが、それがよくわからないままにどうしようもないほどはまっていくのです。この時期は大なり小なりみんなが通り過ぎる時期なのですが、ある種恐い時期です。けれども人生で一番エネルギーに満ちた時期でもあるのです。この時期にだいたい人生が決まります。癖がつくといってもよいです。

 この流行に敏感な時期を越えた、30をすぎて後半ぐらいになると、今度は不安になる時期です。出会いや恋愛などの失敗、夫婦の別れなどが訪れ、不安の井戸に落とされるのもこの時期です。さまざまな煩悩と悩みにさいなまれます。やっと世界に気がつき、先が真っ暗になります。親、兄弟、経済、仕事、子供、結婚さまざまなことに不安が湧き上がってくるのです。夜眠れなくなって本当にきつくなり始めるのはこの時期です。

 50、60歳ぐらいになると、今度は家族のことで将来が不安になるのです。家族の行き先や自分が死んだらあとはどうなるのか、御先祖様のお墓は誰が守るのか、仕事や家は誰が継いでくれるのかなどの不安感です。生きてきた軌跡をもう一度たどり、後悔が出てくるのもこの時期です。この時は眠っても眠りが浅かったり、眠る時間が短くなるというのが特徴です。

 

 私たちは自分を信じること以外には頼るものはありません。これ以上悪くはならないはずです。人間は常にチャレンジし続けているのです。聖職者たちだけでなく、私たちみんなが今まで一生懸命頑張って、修行をしてきたのです。人生が全て修行なのです。
  そうでなければ、怒りや悔しさを我慢できずにどれだけの人を殺めてしまったことでしょう。私たちはさまざまなことを我慢し、チャレンジし、努力し、新にスタートを切り、人を支え、助けて、たとえ目立たなくとも世界の役に立ってきたのです。全てを経験してきたのです。それは本当に素晴らしいことです。よく頑張ってきた、と褒め称えられることなのです。たとえると、私たちは修行をして人間として生きる資格を得ているのです。今こそ私たちは世界を理解し、人生を理解し、自分で自分をコントロールすることができるのです。

 24時間の内で気持ちが最も落ち着いている夜に身体を休め、深く呼吸をし、お祈りもしないで、パソコンにも向かわず、電気さえつけなくていいのです。ただ横になって、自分自身を信じて、全て忘れて、何も考えないことです。明日のことも、自分のことも、周囲のことも、不安なことも幸せなことも何もかも一切考えないことなのです。自分自身の明日のために、何も考えないことこそが私たちの本当にとても大切な時間になるのです。この時間だけはいくら好きでも、恋人や夫婦、家族、親、兄弟についての考えそのものが邪魔になるのです。考えが少しでも出てきたら、私たちには明日があるので、明日以降明るくなってから考えればよいことで、今は考えない、と手離してしまうことです。

 世の中で私の人生は私だけが主人公なのです。生まれ、死ぬときはひとりです。お腹がすくのも、病気にかかるのも私だけがわかることで、私だけがお腹を満たし、病気を治す行動ができるのです。夜眠ることも同じ事で、どんな身近な人でも私の眠りを代わってくれることはできないのです。私が明日を生きるために、何も考えずにただ眠ること。眠ることほど幸せなことはないのです。それはお釈迦様もおっしゃっていることなのです。

 眠れない人は、明日からこの神妙章句を夜眠る前に読むことはできるだけ避けた方がよいかもしれません。

 

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