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●空に舞い上がった七人の兄弟(2009.8.3) 

 むかしむかし遠いむかし、南と北のあいだに大きな川がありました。川を隔てて北側の土地は太陽が当らなかったのでとても寒く、土地はいつも凍っていて、種を蒔いたとしても芽が出ずに腐ってしまいました。それなのでその土地に暮らしている村人たちは米や野菜などの農業をあきらめ、海で漁をし、魚などの海産物を売って暮らしていました。冬はとても寒くて漁師の仕事もできませんでした。それなので北側の生活はいつも苦しく辛いものでした。同じ国でも川の対岸にある南側の土地は日がよくあたり暖かく、村人たちは米や野菜、果物を植えて、たくさんの実りを得ました。いつも豊作で、みんな豊かで幸せに暮らしていました。

 

 南側の村にお金と土地をたくさん持って暮らしているある家族がいました。その夫婦は円満で、元気な子供をたくさん授かり、全部で七人生まれました。そんなに子供が多くても、生活は豊かで足りないものはなかったので、とても幸せでした。

 けれどもある日、生き生きと元気な夫が突然倒れ、亡くなってしまいました。突然の死にその妻と子供たちは、驚き深く悲しみ、絶望して元気をなくしてしまいました。夫が生きていた間、夫はとても愛情が深く、妻を宝のように大切にしていたのです。それなので夫が亡くなった後、妻は寂しく、孤独の底に突き落とされたかのように、精神を患ってしまいました。今でいう「うつ病」の重い病状でした。そして飲むことも食べることも寝ることもできず、身体を動かす気力も当然弱くなっていったので、分別もできなくなってしまいました。七人の子供や両親が心配でそばについていても、家族だと認識できず、自分は一人だと勘違いし、被害妄想を持つようになりました。家族が近寄ってきても、「寂しい、寂しい」と泣き続けるのです。病気は身体をむしばみ、とうとう寝たきりになってしまいました。生きていることが辛く、妻自身も周りの家族も本当に苦しい日々を送っていました。

 

 そんなある日、天国の仙人のような姿をした一人の年をとったお坊さんが家族の家に托鉢に現れました。お坊さんは、
「もともと穏やかだったこの家にやきもちをやいて、さまよっている寂しい悪い餓鬼がとり憑いて、人の命を奪ったり、精神を攻めたり、生活を大きく邪魔して災いを起こしている。このまま放っておいたら、この家の若い人々が順々に亡くなっていって、一家が終わってしまうだろう。この家にとり憑いて災いをおこし、邪魔をしている餓鬼を急いで追い払った方がよい」
と言われました。そしてお坊さんは、3日後にまた来ると告げて帰られました。七人の子供と妻の両親は、お坊さんが言われた言葉に初めはとても驚いていました。けれどもその言葉がとても気になり、よくよく考えてみると、父親が普通よりは若くして死んでしまい、母も悲しみ過ぎて心を病んでいるのは何らかの理由があるのではないか、お坊さんの言う通りかもしれないと、その言葉を理解し、お坊さんにお祈りをしてもらう決心をしました。そして急いで家をきれいに掃除し、その仙人の姿をしたお坊さんが戻ってくるまで厄祓い悪霊祓いのお祈りをする準備をして待っていました。

 3日経つと、お坊さんは約束どおりふたたびその家族の家に現れました。お坊さんは家で厄祓い悪霊祓いのお祈りを一生懸命して、きれいに祓ってくれました。その後で、お坊さんはもってきた手酌を妻に渡して言いました。
「この手酌は神秘の天国から大きな力を授かっている不思議な手酌なので水をいっぱいすくって満たして奉れば、この家を大切に守ってくれるだろう。そして邪魔が入らず、いつまでも家族みんなが元気で生き生きとし、家が大きく繁盛するだろう。そして、手酌に奉った水は家族みんなが飲んでも、飲んでも永遠になくならずにずっと満たされているだろう。いま患っている病気もきれいに治って元気になる。」
そう言ってお坊さんは去っていったのです。それなので七人の子供と妻の両親は不思議な話だと思っていましたが、お坊さんのお祈りの後、母はみるみるうちに元気に明るくなっていきました。そして以前のようにその家に明るく平和が戻ってきました。

 家族は長い間放っておいた仕事を以前のようにそれぞれ役割をもって一生懸命働く事にしました。母も以前より、もっとずっと元気になってばりばりと頑張りながら家族を大切にしました。こうしてその家族みんなが頑張ったので家が大きく繁盛して忙しくなり、近所の人たちや同じ村の人たちを使って仕事をしても人手が足らないほど大変になっていったのです。

 それなので、川の対岸にある寒い北の村人に仕事をお願いすることになりました。その対岸の人々は寒くて農業もできず、漁業も短期間しかできずに、仕事がなく生活に苦しんでいたので仕事をお願いすると、すぐに喜んで来てくれ、一生懸命に仕事をしてくれたのです。

 そして寒い冬になりました。山や野原には雪がたくさん降り、村の道や木の上にもたくさん降り積もりました。風も強く吹いてとても寒くなりました。

 

 ある晩、家族が温かくて美味しいご飯を食べ終わり、家族みんなが床に就きました。子供のひとりが途中でふと目が覚めてみると、一緒に床に就いたはずの母がいなくなっていることに気が付きました。子供は皆を起こして、母親がいなくなったことを伝えました。子供たちは不安になり、心配で母を捜しに暗い中、野原から川の近くまで行きました。川岸に近づくと、誰かが川を泳いでいました。子供たちが目をこらしてよく見てみると、泳いでいるのはなんと子供たちの母親だったのです。こんな夜更けに冷たい氷のような川を泳いでどこに行くのかと驚いてみていると、母親は子供が見ていることも知らず、川を泳ぎきって北側にある村の一軒家に入っていったのです。しばらくしても出てこないので、子供たちは家に帰り、寝たふりをして母親が帰ってくるのを待っていました。夜が明けると母親は静かに家に戻ってきたのです

 実に母親は毎晩同じ事を繰返していました。冷たい吹雪で川の水が凍るような冷たさでも、毎晩こっそり家を出て川を泳いで向こう岸にいくのです。泳いで服が濡れて、凍ってしまっても、凍える苦しさを感じないかのように母は同じ事を長い冬の間ずっと繰返していました。七人の子供たちは、母がなぜそんな苦しいことを毎晩しているのか不思議でしかたがありませんでした。とうとう子供たちは母の後をこっそりついていくことにしました。

 その晩、子供たちが寝たふりをしていると、母は静かに起き上がり、またそっと家を出て行ったので、子供たちも気付かれないようにその後を追いました。川の北側にたどりつき、母の入って行った家を外からこっそり眺めました。この家は夏と秋に家族の仕事を手伝いに出稼ぎにきていた男の家でした。この男は妻を亡くして一人で暮らしていたのでした。母はこの男に恋をしていたのです。いくら子供たちや両親がいて、生活が豊かになったとしても、夫を亡くしてからというもの寂しくてしかたがなかったのです。けれども母はその男の家に毎晩行っては泊まるものの、子供たちや両親が心配するだろうと思い、朝早くに戻ってきていたのです。

 現在の世の中では、好きな人ができたらすぐに結婚して一緒になってしまうことが普通になっていますが、この母親は責任感が強くあり、そのうえ優しかったので自分が産んだ子供七人に対する親の責任をしっかりと果たし、子供たちを自分で見守るため、たとえ好きな人ができても一緒になることはしなかったのです。そんな母の秘密を知り、母の思いをしっかりと理解した子供たちは、子に対する深い愛情を感じてありがたく思うのですが、一方で大きな不安を抱えるようになるのです。母をこのままにしておけば、寒くて冷たくて、凍るような川をずっと泳いで行き来して、やがて母は病気になり、最期は死んでしまうのではないか、と心配したのです。子供たちは悩んだ挙句、苦しくても我慢して家を守りながら七人の子供たちを産み、一生懸命ここまで育ててくれた大切な恩人である母に好きな人ができたのだから、それを心から祝福し、昼でも夜でもいつでも自由に会えるようにしっかりとした丈夫な橋を作ってあげよう、とみんなで約束しました。そして橋を作るための大きな石としっかりとした木と橋を架けるための道具を急いで用意して川岸のそばに運んで隠しておきました。そして母親が夜に出かけるのをみはからっていたのです。

 夜になって母がこっそり家を出ると、七人の子供たちは一斉に急いで川に行き、冷たい風と雪が強く降っているにもかかわらず、昼に準備したものを分けて、川に大きな石としっかりした木をのせ、丈夫な橋を一晩でつくりあげてしまったのです。母が男の家から出てくる前に橋をつくったので、子供たちは家に急いで戻り、すぐに床に就いて寝たふりをしました。朝日が出るか出ないかくらいの時に母は泊まっていた家から出てきて、急いで戻ろうと川まで走っていきました。

 すると川にはいままで見たこともない丈夫で立派な橋がいきなり架かっていたのです。とてもびっくりして、不思議に思ったのですが、
「こんなに冷たい風と雪が降る寒い夜に誰かが私の苦しい気持ちを察して、毎晩この冷たい氷の川を泳いで行き来することを知り、私のためにこんなに立派な橋を架けて良いことをしてくれたのだろう」と大きく感謝しました。母親はまさか自分自身が産んだ子供たちが恩を母に返すために作ってくれたとは思いもせず、家に急いで戻ってきて、あの仙人の姿をしたお坊さんから頂いた家の神棚に大切に奉った手酌をもってきてこのように言いました。
「私の苦しい気持ちを察して川に橋を架けてくれた人たちは必ず天国で永遠に幸せになりますよう、この神秘でできている不思議な手酌を天国にお布施いたします。」

 そして、水で一杯になっているその手酌をしっかりと握り、精一杯の力を込めて天国(=宇宙)の空に向かってガァッーと投げました。そして手酌が空に放り投げられた瞬間、家の中で寝ていた七人の子供たちが一瞬にして手酌とともに、空に向かって舞い上がったのです。そして、母親に向かってこんな言葉をなげかけました。
「お母さん、いつまでも元気で幸せでいてください。私たち七人兄弟は天国に行って、七つの星の国をつくり、七人の神様となり、永遠に続くこの世界で優しい母親を大きく照らしながらいつまでも見守り続けます」
と言って北の世界で一番高い宇宙に飛び上がって行き、大きな星となり、光り輝いたのです。

 こうして七つの星たちが遠い昔から今でも北の空で母を思いながら、常に見守るようにぐるぐると廻り、光り輝く北斗七星と呼ばれるようになったのです。北斗七星は森羅万象にあるすべての生命たちを導いている神秘的な吉兆の星なのです。それは北極星と共に昔から人々の道しるべとなっていたことからも明らかなのです。

 そういった理由で、私たちは現在、夜に明るい空で北斗七星を見つけると、神秘的で不思議な気持ちとなり、気持ちが落ち込んで暗くなっていても、寂しく孤独でいても、突然嬉しく元気になり明るくなって幸せな気持ちでいっぱいになるのです。神秘で不思議な星、北斗七星は遠い昔、人間の子供たちが親孝行をし、その親の感謝した気持ちが天国に通じ、功徳が限りなく実り、天国(=宇宙)で素晴らしい北斗七星になったというお話なのです。

 

 私は16歳で、ソウルの三角山で激しく修行をしていた頃のことです。毎晩山の中を歩いてお祈りをしていました。季節は秋、ある晩私は夢を見たのです。その夢は、私が田舎にある家でご飯を炊いているのです。釜に火をいれて、土間の中から外をみてみると、きれいな七色の細い糸が家の軒先の方から降りてきて、7本横一列に並んでいるのです。不思議に思って、外に出てそれを全部つかんで、一気に引っ張ってみたのです。すると、上から七色の童子(エンジェル)が落ちてきたのです。私たちは一緒に台所で話をしました。童子たちは天国で私のことが気になってずっと見ていた、というのです。見ているときにわたしが糸をひっぱったので、落ちてきてしまったというのです。火をたく釜の周りをその七人と一緒に囲んでそんな話をしていたのです。私はいま修行をしていて、透視ができて天国のことがとても気になっていることを伝えると、童子たちは嬉しそうな顔をしたのを覚えています。

 そしてすぐに目が覚めました。朝になって、鏡を見て驚いたのですが、私の口の周りから首の右下にかけて北斗七星とほぼ同じ位置に七つのほくろができていたのです。一晩でできてしまったことにも驚いたのですが、透視をしたり、お祈りをしたりする私の口の周りにできたのですから、私は私自身が七つの星と深い縁があり、七つの星の国からやってきたに違いないと確信したのです。今でもそのほくろが私の顔にはっきりとあります。

 これは私が透視やお祈りをする力をきちんと授かっていることの証明なのです。そしてこれ以外のことは何もしてはならないという戒めでもあるのです。今でも夜、山や海にお祈りをしにいくと、それまでどんなに曇っていた空でもお祈りが始まれば、必ず雲が晴れ、北斗七星が頭の上にはっきりと現れ、光り輝くのです。

 

 

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