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●ラブストーリー春香伝 (2009.8.22) 

(15)道令の出世と潜伏調査

 この時、漢陽城にいる道令(ドリョン)様は,昼夜も一生懸命に詩の百家語を熟読していました。文章は李白のように書き、文字は王義之(ワンフィジ)のように書くのでした。国でめでたいことがある時に受けられる太平科(科挙)の試験を受けに、書物を懐に入れ、科挙の会場に入り左右を見回すのでした。そこには数多くの民と非常に多くの士人達が一斉に王様にお辞儀をしていました。清く美しい宮中に流れる風楽の音にオウムが踊りを踊るのです。大提学(弘文館、芸文館の最高位の官職)を選び出し、王様が決めた文の題目が言い渡されると、都承旨(トスンジ:承政院の首席の官職)がいただいて来て、赤い幕の上に掛けたのでした。その題とは‘春塘春色古今同(チュンダンチュンセクコグンドン:春塘台の春の日差しは昔も今も同じである)’でした。 はっきりと分かるように掛けられていたのですが、李道令が主題を更によく見ると、それは既に学んで来たことでした。

 試題を広げて、解題を考え、龍池の硯(すずり)で墨をすり、唐黄毛の無心筆(中国でつくられたいたちのしっぽの筆)にまん中ほどまでどぶんと墨を含ませ、王義之の筆法でチョメンブ(元の国の書芸家)の書体で、たった一息で書きおろして、答案用紙を一番初めに出したので、上試官(試験官の頭)が文章を見て、文字ごとに批点(詩文が良く出来た所に付ける点)を付け、句節ごとに寛珠(良く出来た所に描く印)を付けました。

 文字はまるで龍が天に昇るようであり、また鳩が砂場に降りて座っているようであり、彼もまた今世で大きな才能があるようでした。科挙に及第した人の名前を書いて、通りに貼り出された文に名前があり、王様から三杯の酒を勧められた後で、首席合格により答案用紙が試験場に掲げられたのでした。

 新たに文科に及第した新来(新入社員のようなもの)としての振る舞いを終え、出て来た時に、頭には王様からいただいた紙の花、身体には鴬衫(エンサン:官服の一種で薄緑色の礼服)、腰には鶴帯(ハクテ:文官がつける鶴の刺しゅうのある帯)を巻いていました。三日間、漢陽の城内を回って遊んだ後、お墓にお参りし、祭祀を行い、王様に挨拶に行くと、王様は親しくお呼びになってくださり、目通りされた後で、
「卿(大臣)の才能は朝廷で一番である」
と仰せられ、都承旨を呼ばれて全羅道の暗行御史(オサ:王の命令で地方の行政及び民衆の状況を探るため秘密に地方を回って調査する使いの者)を命ぜられたので、生涯の念願が叶ったのです。刺繍された衣服、馬牌(官吏が地方出張の時、駅馬を徴収する許可を得た札)、真ちゅうの物差しをいただいたので、王様に挨拶をし、本宅を出て行く時、鉄冠(チョルグァン:暗行御史がかぶった帽子)の風貌は山の中にいる猛虎のようでした。

 父母の前で別れの挨拶をし、全羅道に向かうことにしたのでした。南大門の外に出て胥吏(ソリ:地方官庁の吏属)、中房(チュンバン:地方守令の従者)、駅卒(ヨクチョル)等を従えて青坡(チョンパ)駅で馬を掴まえて乗り、七、八組となりました。そして浮き橋などを素早く越えて飯の田通りを過ぎ、銅雀(トンジャク)を素早く通り過ぎて南太嶺(ナンデリョン)を越え、果川邑(カチョヌプ)で昼飯をとり、沙丘乃(サグンネ)、弥勒堂(ミルクダン)、水原(スウォン)から大皇橋(デファンギョ)、餅の田通り、チンゲウル、チュンミ、振威邑(チヌィウプ)で昼飯をとり、葛院(チロン)、素沙(ソサ)で一休み、成歓(ソンファン)駅で宿をとり、上柳(サンリュ)川、下柳(ハリュ)川、新しい酒場のある天安邑(チョナンウプ)で昼飯をとり、三叉路の道里峙(ドリジ)、金提(キムジェ)駅で馬を替え、新旧の徳坪(トクピョン)を素早く過ぎ、ウォントで宿をとり、八風(パルプン)亭、弓院(ファラン)、広程(カンジョン)、毛老院(モラン)、公州(コンジュ)、錦江(クムガン)を越えて、錦営(クミョン)で昼飯を食べ、高い通り道にあるソゲ門、オミ台地、敬川(キョンチョン)で宿泊し、魯城(ノソン)、プルケサダリ、ウンジン、鵲橋、皇華(ファンファ)亭、チャンメミ峠、礪山邑(ヨサンウプ)へ宿をとり、翌日、胥吏(ソリ)、中房(チュンバン)を呼び、おっしゃいました。

「全羅道の初めの村、礪山(ヨサン)だ。重大な国の仕事を行い、しっかりさせることが出来なければ、死ぬことを免れることは出来ないぞ」
と言うのです。

 

 まことに厳しく命令し、胥吏を呼んで仰せ付けるのでした。
「お前は左の道を進み、珍山(チンサン)、錦山(クムサン)、茂朱(ムジュ)、龍潭(ヨンダム)、鎭安(チナン)、長水(チャンス)、雲峰(ウンボン)、旧例によって八つの邑(むら)を巡回して進み、某日、南原の村で待機しなさい。中房と駅卒、お前達は右の道を進み、龍安(ヨンアン)、咸悦(ハミョル)、臨波(イムパ)、玉溝(オック)、金堤(キムジェ)、万頃(マンギョン)、古阜(ゴブ)、扶安(ブアン)、興徳(フンドク)、高敞(コチャン)、長城(チャンソン)、霊光(ヨングァン)、ムジャン、務安(ムアン)、咸平(ハムピョン)を巡行して、某日に南原で待機し、全員一緒になって、益山(イクサン)、金溝(クムグ)、泰仁(テイン)、井邑(チョンウプ)、淳昌(スンチャン)、玉果(オックァ)、光州(クァンジュ)、羅州(ナジュ)、平昌(ピョンチャン)、潭陽(タミャン)、同福(トンボク)、和順(ファスン)、康津(カンジン)、霊岩(ヨンアム)、長興(チャンフン)、宝城(ポソン)、興陽(フンヤン)、楽安(ナガン)、順天(スンチョン)、谷城(コクソン)を巡回して進み、某日に、南原で待機しろ」

 と言い付けて、各々に分発(分かれて出発)させることにしました。命令をした御史(オサ:李道令のこと)が旅支度を調えているのですが、その様子を少しみてみる事にしましょう。 完全に人を欺こうと、上の部分が失しなわれた古い破れた笠にたこ糸をぎっしり結び、草紗(チョサ:質の悪い絹)で作った笠の紐と、網巾(もうきん:頭髪の乱れを防ぐために額にまとう長尾毛造りの巾)の紐をぶら下げてかぶり、紐だけ残った古い網巾の、にかわで作った粗末な貫子(カンジャ:網巾の紐を通すための小さな輪)の紐と、網巾の紐をぶら下げてかぶり、愚かしく、古い道服の木綿の帯を胸に結び、骨だけ残った古い扇子に、松かさの扇錘(ソンチュ:扇に垂らした装飾品)をぶら下げて日差しを遮り、降りて行くのでした。トンセアム、参礼で宿をとり、ハンネ、チュヨプジェンイ、カリネ、シンクムジョンを見物して、スプジョンイ、拱北楼(コンブウル)の西門を急いで過ぎ、南門に上り、あたりを見回すと、小江南(ソイカンナム)とはまるでここのようでした。

 キリン峰の上に出た月や、寒碧堂の清い宴、南古寺の夕方の鐘の音、乾止(コンジ)山の上に出た満月や、多佳(タガ)の弓を射る的、徳真(トクジン)の蓮の根を掘り、飛んで来るガン、威鳳瀑布(ウィボンポクポ)など完山八景をすべて見物し、だんだんと潜伏して降りて行くのでした。すると、各村の守令(スリョン)達は御史がきているという話を聞いて、村の状況を整え、過去の公務などを考え直したりして、安らかでいられるはずがありませんでした。

 吏房(イバン)、戸長は呆然とし、公務を後悔する刑房や書記達は、いざという時には逃亡しようかと逃げ支度をしており、非常に多くの省庁の上部にいる役人たちが、魂を奪われたかのように右往左往していたのでした。その頃、御史達は任実(インシル)の菊花庭の近くに到着したのですが、この時はちょうど農繁期なのか、農夫達が歌う農夫歌が聞こえてきました。

 

 オヨロ サンサトゥイヨ
 千里に至るこの広い太平の世に
 徳の高い 我が聖君

 天下泰平の世の中に 呑気な童謡を聞いたけれど
 尭帝の 聖徳だ
 オヨロ サンサトゥイヨ

 舜帝の高い聖徳によって 
 つくられた聖なる器(農機具)が
 歴山(ヨクサン)の畑を 耕し
 オヨロ サンサトゥイヨ

 神農氏(農業の神様)が つくられた農具
 千秋万代(世にも長い間) 伝わっていったのだ
 それがなぜ 優れていないといえるだろうか
 オヨロ サンサトゥイヨ

 夏の禹氏 聖なる君主は
 九年の洪水を しずめた
 オヨロ サンサトゥイヨ

 殷王成湯(ウンワンソンタン) 聖なる君主は
 大きな干ばつの七年の時に 最善を尽くしたのだ 
オヨロ サンサトゥイヨ

 この農作業を やりとげて
 わが聖者に 税をおさめた後で
 残った食べ物を ととのえて
 上では父母に仕えて
 下では妻子を養わなければ
 オヨロ サンサトゥイヨ

 いろいろな草(百草)を 植え
 四時を予想してみれば
 信義があるのは 百草だ
 オヨロ サンサトゥイヨ

 青雲功名(官職で成功して名を上げる) 豪奢な生活
 この農作業に 勝ろうか
 オヨロ サンサトゥイヨ

 南に畑、北に田んぼ、新たな土地を耕して
 腹一杯食べて、腹を叩いてみよう
 オノルノル サンサトゥイヨ


 しばらくこうしていると、御史殿は竹の杖をついて少し離れて農夫歌を聞いてから、
「今年も大豊作だろう」
と言うのでした。

 

 また、一方を眺めると、体が頑丈で元気な老人達が仲間同士で集まって立ち、背丈ぐらいの長さの畑を作っておりました。葦で編んだ笠を傾けてかぶり、鉄のクワを手に持って、白髪歌を歌っているのです。

 

 等状(連判状)を持って行こう  連判状を持って行こう
 神様の前に 連判状を持って行くつもりなら
 どんなことを 申し上げようか
 年寄りは 死なないで
 若い者は 年取らないように
 神様の前に 連判状を出そう
 怨めしいな 怨めしいことだ
 やって来る白髪を 食い止めようと
 右手に 斧を持ち
 左手に 刺(とげ)を持ち
 はえてくる白髪を 叩いて  
 去り行く紅顔を うまく引き寄せ
 青い糸で 縛って
 固く 締め上げるが
 去り行く紅顔は ひとりでに行ってしまい
 白髪は いつの日か帰って来て
 耳の下の 頬の肉は取れ
 黒い髪が 白髪となるが  
 若い時の青い糸のような髪が年を取ると白い雪のようになるのだ
 無情なのは 歳月なのだ
 少年は享楽を 深すというけれど
 往々にして 変わって行くのだ
 それが 歳月というもの
 千金もの駿馬を 捕らえて乗り  
 ソウルの大通りを 走ってみよう 
 万古江山の 良い景色を
 もう一度 見たいものだ
 絶世の美人を かたわらにして
 あらゆる振る舞いで 遊びたい
 花が咲いた朝と月の明るい夕方 四時に景色のよい所
 目が弱く 耳が遠く
 見ることが出来ず 聞くことも出来ず
 どうすることも 出来ないものだ
 悲しいことだ 我が友よ
 どこに 行きたいのか
 9月のもみじの 葉が散るように
 はらりはらりと 落ちていき
 明け方の空に 星が消えていくように
 ぽつりぽつり と倒れていき
 行く先は どこの山だろうか
 オヨロ スキで土を起こすよ
 恐らく 我が人生は
 一場の春の夢ではなかろうか

 しばらくの間、こうしている時一人の農夫がさっと出て来て、
「煙草にしよう、煙草にしよう」 と呼びかけるのでした。
葦の笠の前をもってぶら下げてかぶり、丘に上って滑石で作った煙管をそっと持ち、お尻を手探りして皮の煙草入れをひっぱり出し、煙草に唾を吐いて、手の親指が潰れるかのように揉みつづけ、ぎゅうぎゅうに詰め込んでワラを燃やした火をあおっておいて、火種にぶすっと突き刺し煙草を吸うのですが、百姓だけあって煙草をぎっしり詰めて吸うと、ねずみの子のような声が出るのでした。両方の頬をぺこぺこ、鼻の穴をぴくぴくさせ、煙がゆらゆらと出るように吸いながら、くわえて出て来きたので、御史殿は半マル(敬語でも目下に言う言葉でもない中間的な語で話す習慣)で、話しかけたのです。

「あのう、お百姓! ちょっと物を尋ねてもいいかね」
「どんなことだね?」
「この府の春香が、官長の寝室に仕えることになって、賄賂をたくさん受け取って着服し、民衆にとって弊害になっているという話は本当かね?」

 その百姓は急に興奮して、
「あんたはどこに住んでるんだ?」
「どこに住んでいようと…」
「どこに住んでいても、目も耳も付いてないのかね? 今、春香は官長の寝室に仕えることを拒んだので、刑杖で叩かれて、監禁されているだよ。娼婦の家で育ってもあんな烈女だとは、世にも珍しいことだよ。珠のように美しい春香の身の上をあんたのような乞食がやたらにしゃべり散らしては、物乞いも出来ずに飢えて死んでいくというものだ。上京してしまった李道令(イドリョン)とかいうあの息子の奴は、一度行ったきり便りも寄越さず、人間の出来がそんなだったら官職どころか、わしのおちんちんにもなれんぞ」
「おっ、それはどういうことかね?」
「おやっ? あんたに関係がある話なのか?」
「何の関係もないけれど、人の話をあまりに悪く言うようだから」
「あんたが良く知りもせず、話したからそうなるんだ」

(つづく)

シンチョンガ(沈青歌) パンガタリョン

沈青伝の一場面。カヤグムをつかった演奏と歌

 

全羅道民謡 パンガタリョン

全羅道の村々でよく歌われている民謡。

 

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