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●皆が仏様、神様になる道(2008.12.9)

 物事の一番初めに、優しい神様は自然に存在するものから私たち人間の肉体を作りました。神様の国である天国の明るい光をとって、魂を作ってくれたので、私たちは神様と同じ姿で、心も同じように作られました。けれども天国の神様より格段と力が弱く、小さく私たちをつくられました。生まれるときに神秘的な私たちの体の中に不思議な霊感、智恵、様々な神通力などを混ぜてつくられました。それらの不思議な力を使うことによって、人間は心から願えば何でも実現して生きられるようになりました。

 つまり人間であるということは、天国の神様のミニチュアのようなものなので、神様の全てを人間の体の中にいれてくれたのです。本来なら神様の明るい光の力があるので、何でもできるはずです。私たちの魂の親は天国の神様なのです。エネルギー、パワーが生まれたばかりの赤ん坊から最期まで充分にあるのです。やってできないことはほぼないのです。慣れていないから、その神様と通じる道をきちんと選んでいないだけです。または怖がって、不安でできないと最初からあきらめているだけです。本来はやればできる、ただそれだけにつきます。

 私たちは生きている間、心が大きくなったり、小さくなったりします。明るくなったり、暗くなったりもします。そして心はさらに怒ったり、優しくなったりもします。楽しくなったり、寂しくなったり、悲しくなったり、辛くなったり、羨ましくなってやきもちを妬いたり、優しくなって何でもしてあげたり、甘えて何でも人にしてもらいたかったり、欲張って他人のものを取ったり、反省して、後悔したりもします。
 そして心は笑ったり、泣いたりしながらも、元気で明るくなると、希望が見えてくるので、何でも一生懸命に頑張れます。もし心が悩みにはまりこんで精神的に不安定な状態になれば、気持ちが落ち込んで、何もしたくなくなります。これは私たちの日常によく起こることです。

 もう一度確認しましょう。私たちは心を使って何でも作り出せるように、不思議な力を神様からもらっています。地球の星自体は大きな天国が小さくなったようなものです。実現する力や光は天国のそれよりは薄くて弱く、それでも美しい地球として星が誕生しました。

 天国は大きくて、光も強く明るく、限りなく透明で肉体の存在しない、魂だけの大変パワーも強く素晴らしい世界です。天国で暮らす天人たちは、全てを心から実現しています。人間と違って肉体からではなく、子供を心からつくることができ、子供は3日で大人になります。天人たちが目を合わせて微笑むと、心が通じてすぐに子供がつくれるのです。食べ物や洋服も全て心からつくってしまいます。心からつくってしまうので、姿や形、顔さえも同じです。すぐに心を使って体も心も姿も全て瞬時に変えることもできます。三十三千大千世界の中では天人のパワーが違うのでそれぞれの国が違った姿をしています。小さくて弱い人間の世界よりも強くて大きい、それが天国の世界です。私たちでは限界があることも天人たちは全てを自分が思ったとおりに作ります。この世界では建物は全て宝石のようなまばゆい光かがやくものでつくられています。

 全ての天人たちが毎日していることは六道の中を透視して、六道の生命たちの宿命をつくり、どうしても助けが必要な生命を一瞬にして助けに行き、戻ってきます。天国には六道のすべてを透視できる神秘の鏡があります。この鏡の持ち主は天国の自然の神様です。この神秘の不思議な鏡は地球の星と同じくらいの大きさですが、六道の中で透視するものによっては大きくなったり、小さくなったりします。世界を映しだす大きなボールのようなもので、しゃべり、聞くこともでき、感覚もあって、生きているのです。そして過去現在未来をほこりひとつ見逃さずに映し出すことができます。鏡から放たれる光がまぶしすぎて、人間の肉体の目では見る事ができません。神秘の光の船と同じようなものです。それは長い年月の間まるでパソコンの画面のような役割をして、天人たちが透視をしてつくってきた宿命すべてをこの鏡に記録し、神秘の鏡は宿命としての記録から自動的に判断をして、これから生まれる全ての生命の運命を作り出します。自動的な判断と書きましたが、本当はこの判断は鏡の持ち主である六道を治める自然の神様が運命を決めているのです。

 さて、人間である私たちは力は弱く、寿命も短めです。地球は肉体の世界で、物質ある肉体には期限があるからです。しかし、私たちの魂だけはそういった期限はありません。天国の神様と同じように魂はつくられたので、永遠に続きます。なので、私たちも地球と自然にある全ての弱い生命をやさしくしっかりと守る地球の王様または強い神様ということができます。

 私たちの魂は元々、神様と同じように透視をして生きられるように悟っていたのです。「勘」というのはそのなごりと言ってよいでしょう。執着がなくて、幸せに暮らしていた私たちであるはずなのに、暗い悪魔がやきもちを妬き、欲の種を蒔いたので、私たちがその悪の欲の種を受けてからは、欲張ったり、やきもちを妬いたり、人の物を盗ったりするようになりました。さらに希望通り上手くいかない場合は、怒り出して、嵐をおこすようになりました。人の命まで奪い、心から欲張って恐ろしい考えで戦争やテロをおこす力を作ることになりました。

 私たちの魂は六道の旅人です。悟りを開くために辛い修行をしています。私たち皆はお金をたくさん貯えて、財産を作っても、六道の世界のどこかに土地や家、宝をたくさん持っていたとしても、それは単なる心の重い荷物も同然で私たちが永遠にそれを持っていることは出来ません。財産をたくさん作っても、永遠ではありません。私たちは何も持たずに生まれてきたので、体から魂が抜けて死ぬときも持っていくことはできないのです。もし強い執着や欲張った心が残ったまま体から魂が抜ければ、その執着心から浮遊霊となって、その浮遊霊が長い間彷徨い続けると今度は悪霊となり、幸せな人たちの身体を乗っ取り、取り憑いて悪い事をおこすようになります。だから嵐までおこして、執着をしても何もはじまりません。むしろ執着があれば、心が重くなって邪魔になり、悟ることはできません。心を気軽に持つことの方が重要です。私たちの本当の財産とはむしろ魂を磨いて、悟りを開く事なのです。そのために世界で苦しい人々に布施をすることです。それが魂の福の種となって永遠に続いていきます。

 天国にいらっしゃる優しい全ての仏様神様は、悟っているので何にも執着しません。何にも縛られずいつも自由で心が軽やかな状態です。悟りを開いている状態の仏様神様は前世や過去、現在、未来を透視でき、全てを理解しています。全てが無であり、空であり、執着しないということです。全ては永遠に続きません。財産も、贅沢も目に見えるものや物質的なものが欲しいとも思いません。

 世界で様々な修行をしながら教えている人たちは、自分たちの修行が正しくて一番だと思い込み、その他の修行を攻撃したりします。本当の悟りを開いた仏様神様は欲張って執着しないので、攻撃という名の執着心も全くありません。

ポドス

葡萄手

【真言】 観世音菩薩(グァンセウムボサル) ポドス 真言(ジオン) オム アマラ コムジェイニ サバハ

葡萄手 音声

【意味】仕事や人間関係、結婚、子供、経済運、資格などが成就する(実る)ように運を大きく開けて、豊作になるための真言。

 神様のことを知れば知るほど、私たちは執着心や欲望がたくさんあると考えさせられ、がっかりするかもしれませんが、現在はまだまだだとしても、本来私たちは神様の一番素晴らしい光を吹き付けられてつくられたのです。私たちは本来優しくて自由な神様の子供のようなものなのです。それゆえに執着心がなく、自由で、縛られず、神様や仏様のような世界へ頑張って努力して修行すれば悟って到達することができるのです。修行はいくつもあって大変で苦しいものです。けれども苦しい修行が終わる時は悟る時で仏様神様と同じように明るく、執着が消える時です。それによって天国と通じることができます。神様は私たちが悟るために、私たち人間を作ってくれました。私たちが修行して悟れば、仏様になります。仏様になると天国に行く事ができます。もともと私たちの魂があった場所に戻らなければならないし、子供が親のところに帰るように、私たちも神様のところに戻るように初めからつくられているのです。

 仏様になる道を理解するために十二因縁、四諦、八正道、六波羅蜜、三毒を次回、詳しく説明します。

(つづく)

 

 

 

 

次は 「私たちが持っている八識の秘密」

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