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●お釈迦様のラブストーリー (2008.12.22)

 むかしむかし、お釈迦様は前世でとある貴族(殿様系)に生まれました。苦しい世間を嫌って、10代で山に登り、山の深い奥地で誰にも会わずに一人孤独に夢中に30年間修行をしていました。辛い修行をした後に智恵が明るくなり、30年ぶりに山から降りてきました。そして山の麓の野原をひとりで歩いていました。

 すると急に一人の女性が向こうから歩いてきました。お釈迦様はその時比丘(びく)の姿でした。比丘とは頭を丸めている、いわゆるお坊さんの姿です。そのお坊さんと女性がすれ違うときに、ちょっとぶつかったかと思うと女性はいきなり地面に倒れて、お坊さんの右足をがっしりとつかみ、
「比丘よ、私はあなたに一目惚れしました。私と一緒になってください。結婚してください。」と突然せっぱつまったように言ったのです。

 お坊さんは修行において「清浄」と呼ばれる身でいたので(誰ともセックスしない身)、いまここでこの女性と一緒になることは通常では考えられません。それで
「いいえ、私は誰かひとりのためではなく、多くの人の悩みや苦しみを聞きながら、幸せを教えるために修行して、たった今山から降りてきたのです。なので、私はあなたと一緒になるわけにはいきません」
とお断りし、女性を振り切って、再び歩き始めようとしました。

 お坊さんが突然の告白を了解することはありえませんので、断られることはこの女性でも当然予想できたはずです。けれども、女性はそれでもあきらめずに悲しく、切なく、それでいて大きな声で
「お坊さんが拒んで、私を捨てて行くなら、住む世界の違う私たちはもう二度と出会えることはないでしょう。それならば私は今ここで自分の命を捨てて、死ぬしほかにありません。お坊さんと一緒にいられない未来の人生に何の意味がありますか?」と叫びました。

 お坊さんにとっては初めて出会う女性です。それまでには女性と一切出会うことはありませんでした。なので振り切って再び歩き始めたお坊さんでしたが、その悲痛な声を聞いて考え直し始めました。30歩くらい歩いてから「いまここで私が立ち去って、もし本当にこの女性が自分で命を奪ってしまったらどうなるのだろう。私は30年間、他の人を教え、助けるために修行してきて、これからそのような人々に出会うスタート地点にいるところなのに、その一番最初に出会ったこの女性がもし本当に死んでしまったら私がしようと思っていたことはなんの意味があるのだろう。彼女が死んでしまえば、この先私の修行が無駄になるのではないか」と考えました。

ボラス

宝螺手

【真言】 観世音菩薩(グァンセウムボサル)  ボラス 真言(ジオン) オム サンアレ マハ サムマニョム サバハ

宝螺手 音声

【意味】どうしても悔しくて辛いとき全ての天国にある諸天のやさしい神様を呼んでなぐさめてもらうための真言

 しかし、野原でただすれ違っただけの初対面の人に対し、一目惚れをしたこの女性の直感の強さと自分の命をかける勇気にお坊さんは驚き、その意味をよくよく考え、多くの人の助けをするよりもただ一人の女性の命を助け、支える道を選んだのです。申し出を受け入れ、結婚するということは、その世ではもう悟りを開くことが難しくなりますが、常識ではありえないことが起きたのです。

 この女性の魂はこのとき初めてお釈迦様の魂と出会い、その後この二人の魂同士はきりがないほど生まれ変わり、永遠に出会い続け、夫婦の縁となっていきます。女性の魂は後の世にナビ夫人やタルアガシ、コオピイとなり、般若心経ではカリワンからお釈迦様の命を守った女性として、またお釈迦様が仏さまになる世にはヤショダラとなって出会う宿命になっているのでした。この野原での出会いはその縁の始まりの時のお話です。

 

 

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