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●ヤショダラ、お釈迦様、帝釈天王の秘密(2)(2008.12.26)

さて、人間界の話に戻ります。

 ヤショダラの仕込んだ筋書きが実現するのが丁度3千9百年前です。お釈迦様とヤショダラはある野原で初めて出会います。これがその後長い間続くふたりの夫婦の縁のはじまりになります。その話は神妙章句お釈迦様のラブストーリーで書きましたので是非ご覧下さい。

 お釈迦様がヤショダラとこの野原で出会う前には、お釈迦様の前世では誰とも結婚もせず、女性との関係が一切ありませんでした。お釈迦様の魂が人間界にあらわれた時からずっとお釈迦様は修行をする人生でした。ですので、この野原での出会いはお坊さん(僧職)と普通の人間との出会いのはじまりになります。

 お坊さんは神通力、素晴らしいオーラをもって山から降りてきて、世界の人たちの苦しみをきいて、明るく生きられるように教えてあげるつもりでした。しかし、人間界にきたヤショダラにはそれがわからなかったのです。霊感や神通力をもっていることが全くわかりませんでした。ただそのお釈迦様の姿に惚れこんでいたことは確かです。本来の魂の目的は忘れていないようでした。

 その後はヤショダラとお釈迦様にはちゃんと夫婦の縁がありました。何度も何度もヤショダラはお釈迦様をおいかけて生まれ変わります。お釈迦様はいつも静かなところで修行をしているので、態度も雰囲気も常に静かで穏やかな状態でいます。

 お坊さんであるお釈迦様の魂との出会いはヤショダラの人間界での前世を通して考えれば、お釈迦様との修行の道を共に歩むことになるため、ヤショダラも出会いをきっかけに何度も生まれ変わりながら自然と修行をしていったことになるでしょう。

 この時代はお坊さんに恋をしても告白まですることはありえませんでしたから、前世の段階で、ヤショダラ自身がいつかお坊さんになる運命を皮肉にもつくりあげていったといえます。けれどもヤショダラは長い間自分が尼僧になることは考えていません。

 医者の子は医者、政治家の子は政治家、商売の子は商売というように生まれ変わっても時間の問題で、もとにおさまるような場所に戻ってくるのです。魂が選んで始まったともいえます。魂が修行の世界に入っていったと考えられても不思議ではありません。ヤショダラは心ひとつでいつお坊さんになってもおかしくなかったのです。

 修行において理論的な修行には意味がありません。
本当に深い修行は結婚もして、子どもも生んで、親の気持ちをはっきりと理解して、起きることさまざまな苦労の経験がなければ、人をサポートする神通力がおきません。
 ヤショダラとお釈迦様は前世で何度も生まれ変わって、結婚をし、子供を産んで、育てました。夫婦の関係や親の責任や役割を100%果たした人生や修行をしてきました。
人のやさしさはその人の苦労が多いほど深く表れることが出来ます。

 さて、約2千5百年前にお釈迦様が悟ってから、お釈迦様の産みの親のマーヤ夫人の妹で、育ての親でもある摩訶・波闍波提(マカ・ハジャハダイ)は、育てた息子(お釈迦様)がお坊さんになって悟ってしまってからというもの、説法を聞いた後から自分も尼僧になろうと決心していました。しかし、「女性が尼僧になって修行することは欲望と執着心が強く、短気で我慢できないために」お釈迦様は教団に女性が入ることを禁じていました。

 しかし、どうしてもマカハジャハダイは出家をあきらめきれず、お釈迦様のいるところに500人の女性と一緒に頭を丸め、僧の衣をまとい、大勢で3日間かけて歩いて到着しました。お釈迦様たちのいる場所の門の前に着いた頃には裸足同然で、足はぼろぼろになって腫れあがり、涙と泥で顔も汚いまま、それでも一心不乱に出家をお願いしに来ました。お釈迦様はその姿に感動し、育ての親でもあるこのマカハジャハダイをはじめ500人の女性を比丘尼として初めてこの教団に迎え入れました。

ポタクス

宝鐸手

【真言】 観世音菩薩(グァンセウムボサル)  ポタクス 真言(ジオン) ナム パナマム パナイェ オム アミリ タムアムベ シリイェ シリタムリニ サバハ

宝鐸手 音声

【意味】全て不思議な力を身につけるための真言。例えばいじめやセクハラに遭って苦しくて辛いときにこの真言をとなえたら、自然に不思議な力をおこして事態がよくなります。

 ただし、ここでは男性が250の戒律であるのに対し、女性は348の戒律を守らなければいけないとされました。厳しく、縛られて何もできない状態であったのですが、これを機に初めて比丘尼がお寺に登場するようになり、比丘(お坊さん)のお寺の中には小さくて、離れていても必ず比丘尼(尼さん)のお寺が建てられるようになりました。比丘尼は実際には僧衣をつくったり、料理をしたり、薬をつくったりして、生活費を少しだけ稼いでいました。

 

(重大な秘密はまだつづきます)

 

 

 

 

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