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●暦の始まり(2)(2009.1.5)

▽暦が始まる以前の私たち皆の暗くて苦しい生活

 自然の神様が作り出した男女の人間はやがて子供を6人産みました。神様の作られた人間の子供なので、智恵が明るく、神通力も使え、世界を明るく照ら出して見ることができました。けれども兄弟の中で争いをするようになり、神様が怒って6人の子供のうち、5人は神通力を奪い取ってしまいました。
 子孫である私たちは神様のように作ってもらったのですが、神通力もなく、世界を透視する事もできずに無明です。生まれて智恵が明るくありません。過去現在未来もわかりません。だから人生が楽しくなく、希望がありません。

 それでも人間は一生懸命努力して、自分たちが生きるために仕事をして、長い時間が経ちました。
 時代が変わって、科学と工業がまだ発達していなかった時期は、農業が盛んで、世の中の人々は野菜やお米を作っていました。ダムや立派な橋もなく、コンクリートもない時代です。雨が降れば洪水になるような時代でした。農薬もないので、虫がよくついて収穫も今よりはずっと少なめで3分の1くらいでした。機械も自動車もないので、皆が石と木で作った農具を使って手で作業していました。全てが今よりも遅かったのです。

 また電気もないので、生活で私たちが使っている家電もなく、夏は氷もなく、冬には花もなく、野菜も収穫できる種類がとても少なくて、果物もりんご、なし、柿、みかん、栗くらいでした。いちご、トマト、スイカ、メロンなどを冬に食べることなんて、夢のようでした。一生懸命農業をしてもお金になりませんでした。
 そんなわけで貧乏な人が多く、暇な時間もあったので、人々は寂しい気持ちでいました。今ほど避妊や中絶の技術もないので、子供が多く生まれました。食べ物もないのに、子どもばかり生まれて、生活が苦しくなっていました。テレビやインターネットももちろんなく、映画、ドラマ、ニュースなどを見ることも楽しむ事もないですし、パチンコ、カラオケ、マンガ喫茶のような楽しい娯楽もありませんでしたから、人々は元気がなく、生き生きせず、ストレスがたくさんあり、人生は暗く、暴言が飛び交い、肉体的な喧嘩が絶えませんでした。

 その時代、夏はとにかく暑く、扇風機もエアコンも冷蔵庫もありません。普通の家庭では熱い太陽が当たらない北の方角の土地に、穴を彫って冷蔵庫の代わりにしました。冬に彫った穴には、水を入れて埋めておき、夏にその穴を掘ってそれを氷、または冷たい水として使いました。それが進化して冷蔵庫になりました。冬はお湯もすぐ出てきませんから、サウナも、すぐに入れるお風呂もなく本当に寒かったのです。少しの智恵を使って、石を火で温めて、それを部屋に入れて寝ました。それが今のオンドル(床暖房)やコタツ、電気カーペット、サウナ、ストーブのもとになりました。ご飯は朝に炊いてつくったものを布団の中にいれて保温して昼夜にはそれを食べるようにしていました。いまの電気釜の保温や保温庫がなかったので、その役目をしていました。

 今はカレンダーがありますが、朝晩1日1日を数えるのが難しかったので、長い木の棒に柿の葉っぱを一枚一枚毎日さしていって1日1日を測っていました。
 時間については、夜は月で、昼は太陽を見て測りました。最初は人の影によって測り、次第に大きな木で図りました。地面に石で目盛を書いたのが日時計となり、今の時計の秒・分・時間のもととなりました。雨の日に月や太陽が出ていなくても習慣と智恵の勘で測りました。朝は鳥の鳴き声で時間を計り、目覚まし時計の代わりにしていました。夜中12時はねずみがよく暴れて騒ぐ時間なので、ねずみの時間と名づけられました。そのねずみの音に犬が驚いてよく吠えました。なので、犬の吠え声で夜の時間を測りました。ねずみは昔から夜行性だったのですが、人間の泥棒も夜に行動します。ねずみに犬が吠えるように、泥棒は警察が捕まえます。犬は今でも警察と共に麻薬捜査や人探しなどの仕事をしています。昔から変わらないねずみと犬の風景です。

 季節については、春夏秋冬の4つに分けて、その季節季節において晴れた時に、吹いている風、集まってくる雲、日の長さで、雨が降る、雪が降るということを当てていました。風は揺れている木の動きで見ていました。今のように気象情報がないので、海の波が風によって動いているその模様を見て、風の温度を感じて、勘を使い、どのような天気に変化していくかを予想しました。
 雨が降る前の夜は月の周りに丸い線がピンク色や紫色で出てきます。その薄明るい輪がすぐ近くに現れたら3日以内に雨が降り、ちょっと遠くに離れたところに輪があれば1週間ぐらいで雨が降り、もっと離れて二つの線が出たら2週間以内に大雨が継続して降り、輪に星がいくつかくっ付いて見えたら、1週間以内に大雨や大嵐、台風がくると予測しました。

 よい天気については朝に曇って、早い時間に霧や湿気が多い場合は、3日から1週間はいい天気になると予測しました。そうするととても暑くなると予想できたので、農作業の順番などを決め、たくさん仕事をしました。誰でも霊感まではいかなくても、習慣や体験などから学んだもので勘が働いて決めることだけはできました。

 私たちは将来が予測できなかったり、さらにできないと思い込んでいると元気がなくなっていきます。それと同じく、昔の人は勘による予測がはずれたりして、いままでの努力が無駄になって、気持ちが落ち込んで、幸せが遠のくと感じたりしました。病気になって苦しくて今度はもうどうでもいいや、と人生で捨て鉢な態度になり、いままでの努力を諦めてしまったりしていました。もし、未来や希望の光がみえてきたら、急に頑張って、自分ができると感じられて、元気で明るくなり、ばりばり働きだします。

お釈迦様1

【真言】 オム アモカ サルバダラ サダヤ シベ フム
(3回繰り返し)

【意味】お釈迦様、神様が神通力をおこして、さまざまな希望が叶うようにパワーを出してくれる明る一番良い高級な真言です。

 そして昔は熱病などの伝染性の病気も流行っていました。国民はとても元気がなく、不幸せでした。
 そんな時に悟りを開いたインワン菩薩が天国から人間の世界に生まれ変わって、王子として誕生しました。やがて王子様は国の王様へとなりました。そして王様はその国の国民をとても愛していました。国民のことをまるで子供を観るように愛情豊かに優しく、親の目と心で観ていました。

 それで、どうすれば国民の元気が出て、喜んで、楽しく、明るく、幸せになるのかを考えました。人々は無明のため、過去、現在も、前世の宿命、運命もわからない状態でいるので、特別な「暦」をつくることにしました。それぞれ、ひとりひとりが誰でも生まれてきて、前世から現在、未来を透視して観られるように、この暦をつくりました。それを世界にまいて、人々が楽しく世界を見渡せるように作りました。人々がそれを見て、計算して、物事が予測できるようにと願いをかけました。それが進化して、現在さまざまな生年月日の透視・鑑定・占いとして世の中に広まっています。それらはこのインワン菩薩様が作った「暦(カレンダー)」が大本なのです。

 暦は檀紀で測り、今年西暦2009年とすると今年は檀紀で4342年になります。お釈迦様が生まれてからは2553年なので、それよりもずっと前にこの暦が始まったことになります。

(干支のお話は次回に続きます)

 

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