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●世界が明るくなる秘訣(4)(2009.1.27)

倫理・道徳、正義心、良心、法律

 私たち皆は倫理、道徳、正義心、良心、法律を自分の中に持っています。死んでしまったら必要のないものですが、生きている間は私たちが世の中で責任を持って生きるためのルールとして持ち続けているものです。

 国とは私たちが住んでいる場所ですが、私たち皆が生活して、幸せになるため、国には法律があります。法律というルールがあります。たくさんの人たちが暮らす中で、人からものを盗ったり、人を傷つけたり、騙したり、いじめたりして恨みや憎しみを強く持って、やり返したり、自分の命を奪ったりする人がないように、私たちがもつ良心や正義心をもとにしてルールがつくられ、私たちはそれを法律として、守ってきています。私だけではなくて、私たち皆が一緒に使うもの、たとえば道や土地のこと、お金の流れなど全てにルールをつくらないと、何を守って、どの方向に進んで、いま私たちはどこにいるのかよくわからない混乱した状態になってしまいます。特に弱い立場にいる人が、さらに苦しんだり、悔しい思いをしたり、辛い状態にいることは本当の幸せではありません。私たちは時として弱い立場におかれたりします。その時に国全体、私たち皆がサポートして助け合っていかなければ、その国で安心して、幸せに生きられません。この国で安心して、幸せに生きられる、しっかりとした本当にやさしい法律をつくり、教え導いていく役割を国自体は担っています。その国が決めたルールを私たちがきちんと守った上で、世界が成り立っています。ルールも国もない、そのルールがイヤだから、国が嫌いだから、といった自分勝手な理由でルールを破るということは決して許されません。私たち皆が一生懸命つくってきたルールを私たち自身がぶち壊してしまうことは、幸せの道からどんどん遠くなっていくことです。
国の役割を考えた時は、本当に私たち皆の幸せを考えることになります。国を大切に考え、ルールをしっかりと責任をもって守っていくということはその後に私たち皆の幸せが戻ってくるということです。自分だけがよければよいというのは本当にお釈迦様の小指の先ほどもなく、とても短い時間の小さな範囲でのみしか考えていないために、もっと長い時間、御先祖様や私たちの子供、子孫のことまで考えていないことになります。

 法律以外にも私たちはルールを持って生活しています。これらは法律のように紙に書かれているものではありませんが、道徳や倫理としてのルールがあります。お坊さんの中でも戒律があるように、私たちは責任感、正義心、強い良心を持って守っています。

 弱い生命や人を殺してはいけません。生命は森羅万象の中、大切な命です。どんな人も大切な命であるという理由は、その命には必ず作ってくれた両親がいて、その両親にとっては子供は宝で、世の中の何よりも一番大切な存在で、命をかけても惜しくないのが自分の子供なのです。なので、その大切に思われている命を奪ったら、奪った人は人殺しになり、悪党になります。人を殺した罪以外にも世界を混乱させた罪があります。世界では悪魔になります。判断できない人にとってはそれは悪い教育であり、人を殺してもよいという見本は決して必要ありません。
 そして殺された本人の魂は、殺された後にあまりの激しい怨み、悔しさで成仏できずに輪廻となって、そのあとの六道の世界の中で何千年、何万年もかけてその殺した人間に憑いて人生の邪魔をして、必ずどこかで出会って、敵をとるために、逆に命を奪うことになります。残された家族、親はその殺した本人を命がある限り怨み、憎み続けることになり、生きていれば生霊になって、亡くなれば悪霊になって、魂にとり憑いて、呪うことになります。
 殺した本人は殺した瞬間から慈悲ややさしさが一生消えて、悪魔となって、自分の罪を覆い隠すために、嘘をつき、人を騙し、さらにもっとたくさんの人を殺すことになります。精神的におかされ、もし世間が許したとしても、その本人の人生はそれで終わりです。人を殺す事をなんとも思わない人間になるので、人以下です。限りない罪を一生追って、死んだような状態で人生を終えることになるので、一度に二人を失ったことになります。世界は因果応報なので、この先何度生まれ変っても結局は殺されるというかたちでカルマを返されることになります。

 泥棒をしてはいけません。人が一生懸命努力して築き上げたものやお金を欲張って泥棒すれば、その泥棒をした日からその泥棒の運はなくなります。世の中でどんなことをしても一生うまくいきません。盗られた方の身になってみればわかります。大切なものをとられたときの強い悔しさは激しい憎しみに変わり、怨みとなり、一生その泥棒を呪うことになります。生きたまま呪いをかけたことになるので、生霊を飛ばします。
 泥棒は盗んだ後、子供も生まれないし、いじめられる運命にあります。一度泥棒をすれば、その後もやはりその罪を隠すために嘘をつき、人を騙し、精神的に不安になり、また泥棒をすることになります。人生はいつまでたっても明るくなく、真っ暗な人生を歩むことになります。一生半ば死んだような状態で生きることになります。肉体が死んだとしてもそのカルマは変わりません。ずっと泥棒をするような心の癖を直せなければ、悪の循環がずっと続くのです。
 泥棒の悪の癖を直すには、罪を告白し、懺悔し、自分のしたことで悔しい思いをしている人たちに謝罪して許しを請うことです。そして、心の癖を正すために、世の中で人よりもたくさんの布施、つまり自分の全身全霊を使って人の役に立つことをしなければなりません。例えばボランティアや福祉などがそれにあたります。弱い立場にいる人をしっかりと守りながら支えることで、カルマをなくしていくことができます。私たちの良心、正義心を犯した罪はアルェヤ職に刻みこまれ、六道の中で魂のデータとしてずっとついてきます。

お釈迦様が優しい心で、白い鳩を呼んで、世界が明るく平和になるように望んでいます。

決定往生 浄土真言
ナム サマンダ モッダナム オム アマリ タバペ サバハ

【意味】極楽に生まれ変わって幸せになるための真言。

上品上生真言

オム マリダリ フムフムバタク サバハ

【意味】天国極楽の7つの河の蓮の花に魂が入るための真言

阿弥陀佛本心微妙真言

タニャタ オム アリダラ サバハ

【意味】阿弥陀仏さまの不思議な真言。この真言を唱えたら、神秘をたくさん起こします。

この3つの真言を唱えたら、私たちが死ぬ日に極楽にいらっしゃる南無阿弥陀仏様が迎えにきてくれます。それで阿弥陀仏のいる世界に生まれて成仏します。

 不倫・浮気をしてはいけません。結婚をして、子どもがいる場合、結婚相手が病弱だったり、社会的、経済的立場が弱かったりした場合に、不倫・浮気をすれば、残された相手やその子供が裏切られた思いで悲しくて、寂しくて、辛くて、悔しい思いをし、やがてそれは強い憎しみ、怨みとなり、生きたまま呪いをかけたことと同じになります。不倫・浮気をした本人は目の前だけは一瞬幸せや楽しい気分になるかもしれませんが、憎悪、怨念のある魂が飛んできているので、人生において結局一生、邪魔が入ります。
 子供には特に親としての責任があるので、それを自分の欲望だけで考えて行動すれば、結局責任を果たしたことにはなりません。子供はそのような責任のない親を見て育ってしまうので、教育としても正しい教育ができたとはいえず、子供のその先の人生を邪魔してしまうことになります。人生は一度ではないので、相手の人生を踏みにじった行動は、その先死んでからもずっと憑いて廻ることなのです。
 もちろん相性や好きになる気持ちに嘘はなくて、縁があって出会うこともあります。一番よいのは友達になってしまうことです。不倫・浮気相手としてではなく、友達としていれば、その先の人生でまた変化がくるでしょう。子供が小さいのに、その子供を捨ててしまうような無責任な行動は因果応報の中では良い種を蒔くことには全くなりません。友達として、新しい変化を待てばよいのです。
 それと、恋愛をして結婚してしばらく経つと、ある程度の理解が生まれ、隣の芝生は青く見えることがあります。けれどもそれはあくまでも理解がまだない縁で、そう見えるだけのことの方が大半です。さらに夫婦には、恋愛感情がなくなり、今度は信用、信頼感が強く生まれてくるものです。浮気がその本人の元気を多少取り戻させるという事実もありますが、その先の長い人生をみたときに、責任のある行為の方が戻ってくる幸せの種も大きいのです。人の人生を踏みにじって捨てることになれば、因果応報で必ず自分が人に捨てられることになります。

(つづく)

 

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