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●光の誕生(5)(2009.2.8)

 私は日本に来てまもなく、日本全国各地に行ってお祈りをあげていました。その頃、旧暦のお正月15日は満月の日なのですが、この月は1年で一番大きい満月が出る日で、毎年この時はお赤飯をたくさん炊いて家の中や外などあちこちで天国にいらっしゃる仏様、菩薩様、神様、御先祖様にむけてお供えし、お花、お水、おいしいナムルも置いてお供えするのです。お赤飯の意味は一年の間におきるさまざまな病気や、全ての邪魔をなくし、悪い事がおきないように、その後大きく運が開けて皆が繁盛するように赤飯を炊くのです。全てを終えて、私は眠りにつきました。
 すると夢で観音様がおいしいお菓子をつくり、ふろしき二つに包み、私に「これを日本全国に配りなさい」と渡してくれました。私は言われた通りにそれを持って家を出ると、空にはお月様が出ていました。最初に外に出たときはとても細く、生まれたばかりのようなお月様が出ていました。その次の日もまた観音様はお菓子をつくってくれ、また、私は家を出るのです。それから毎日私は観音様にお菓子をもらっては、全国各地にお菓子を配りに家を出ました。外に出る度に夜空のお月様はちょっとずつ太って、丸みを帯びていきました。
 観音様がお菓子を差し出して「これで最後だ」と言われた日はお月様はまん丸の満月でした。そして私は外に出てバスに乗りました。そのバスはどうやら富士山行きのようなのです。バスは富士山の真ん中の停留所にしばらく休憩するといって、止まりました。バスに乗っていた人たちは皆バスを降りて行きました。その停留所の横には休憩室のある建物があって、皆が入っていくので、私もそれについて行きました。その休憩室の中で、皆は料理を受けとって、また建物の外に出て行くので、私も同じように中で料理をつくってもらうことにしました。そこで、料理を頼むと私に向かって「年は何歳ですか」と聞いてくるので、私はなぜか「19歳だ」と言ってしまうのです。そして19歳のための料理をつくってくれたので、私はそれを持って外に出ました。すると先ほどまでなかったのに、目の前に突然クリスタルでできた3つの光の山が現れたのです。その山のまん前に3つの山を合わせたぐらいの丸い大きなお月様が降りて来ていました。そのお月様の中には、お月様と同じくらいの大きさの黄金のお寺が堂々と建っていました。そのお寺の壁はガラス張りでできていて、中が全て見ることができました。中には黄金の仏様がたくさん座っていました。バスに乗っていた人たちはその仏様たちに休憩室から持ってきた料理をすべてお供えしてお布施しているのです。そして、寺に入るための道の両脇でひれ伏し、お祈りをあげていました。お寺の建物に入るための真ん中の道は法王やお寺の住職のような偉い地位の人しか歩けない道でした。私はその真ん中の道を歩いて、お寺のすぐ目の前でお供えをし、お祈りをあげています。すると周りから「そこは法王とお寺の住職だけが歩いてよい道なのに、なぜそこでお祈りをするのか」と私に陰口をたたいているのが聞こえるのです。それでも私は自分がこの道を歩く事ができるくらいの位置にいる僧だとわかっていたので、心でそう反論しながら、お祈りをしていました。
 たくさんいた仏様たちをじっと見ていたら、その真ん中に座っていた一人の仏様が急に立ち上がりました。その立ち上がった仏様はお釈迦様でした。そしてお釈迦様が右の手を右に向け、さらに左に向けてから、今度は上から下へ手を下げると、その指先から炎がまっすぐ伸びて、満月が真二つに割れました。そしてお釈迦様が私の前まで歩いて来ました。

 それを見て、私はひざまずきました。するとお釈迦様が「こっちを見なさい。そして指先を見なさい」と言いました。見てみると、お釈迦様の身体から全てのパワーが炎となって、指先から飛んできて、私の目の中にその炎を入れるのです。お釈迦様は体のエネルギー・パワーを全て私の中に入れてしまったので身体が急に年取って、老人になり、立つこともままならなくなりました。さらに、お釈迦様は私の中に入ると言うのです。私はお月様の中に住んでいるお釈迦様をみんなに見せてあげたかったので、「入ってはだめです」と言いました。それでも、お釈迦様は身体が弱っているので、私に入りたいというのです。私が拒んでいると「後ろを見なさい」と言いました。後ろをみてみると、あたり一面が雪畑となっていました。それで私に雪を指差して「やりなさい」というのです。すべてを火で焼きなさい、という意味でした。雪畑にはさきほどの陰口をたたいた人がいるのですが、私が手をかざしてみると、私も本当に指の先から炎が出て、畑の雪とそこにいた人々を消えてなくしてしまいました。
 私にパワーが完全に入り込んでいたことに驚いたのですが、それでも私はまだお釈迦様が入るのを拒み続けました。私はお釈迦様を人に見せたいので、家にお釈迦様を連れて帰ろうと、家に電話して、妹に今からお釈迦様がいらっしゃるから待っていなさいと伝えました。するとお釈迦様は服をくれました。その服は袖がすだれ状になっているような正装で、素晴らしい服装でした。そして、私と一緒に托鉢をしながら家に行こうというのです。

 けれども、お釈迦様は突然、「乞食に化身してから行こう」というのです。素敵な服装なのに、なぜそのようなみすぼらしい格好をするのか、不思議に思ってたずねてみると、「正装で行けば、人々は私が天から降りたお釈迦様とわかって、欲の心で本心を隠してしまうだろう。自分のためにたくさんお布施をするだろうから、その人たちの本当の姿はわからないだろう。乞食のような格好で托鉢して歩けば、人々の本当の心がわかるし、そこでお布施をした人が本物であるということがわかる」と言うのです。
 私たちは、本当に乞食の格好に化身して、行く道にある家々を訪ね歩くと、汚い人間だと人々は怒ったり、無視したりして、家にも入れてもらえませんでした。「こっちへ来るな」「あっち行け」と怒鳴られる始末でした。大体の家がそのような態度でした。三軒くらいは、虫に食われた古くて食べられないお米をくれました。お釈迦様は「これが本当の人間の心だ」というのです。このように私たちを人々は追い払い、欲張って、慈悲の心がありませんでした。弱い人を本気でサポートする慈悲がないのです。お釈迦様は「だから、しっかりしなさい」と私にいうのです。その言葉の意味がよくわかり、二人で私の家に戻ってきました。

 家に普段は坂がなく、雪もなかったのですが、その時は玄関の外が坂になっていて、雪も降り積もっていました。私たちは近くまで来たのに坂が雪ですべって家に帰れないのです。お釈迦様は「しょうじ紙とハサミをもって来なさい」というので、家の中にいる妹に大きな声でしょうじ紙とハサミを持ってくるように頼みました。妹はそのふたつを投げてくれ、お釈迦様に渡しました。すると、お釈迦様はしょうじ紙を折って、ハサミで切りました。そしてそのしょうじ紙を坂の上の家の中まで届くようにお釈迦様が投げました。するとその紙が、私たちのいるところから玄関までの階段となりました。あたりの雪は溶け、家の庭にはすばらしい木が生えて、さまざまな緑もあらわれ、花がたくさん咲いて、鳥達が鳴き、きれいな庭になってしまいました。そして私たちはその階段を上り、お釈迦様が家に入って部屋に座りました。

 お釈迦様は、私に向かって「もう外に出て日本各地でお祈りをしに行かずに、私がここにいるのだから、この家でお祈りをしなさい。」と言いました。「そして、さびしければ空を飛びなさい。空を飛ぶ練習をしなさい」と言いました。
そうして、私は朝目が覚めたのです。

 その次の日に、私が夢で空を飛ぶ練習をしていたら、急にお釈迦様が空から降りてきました。私は「日本の住所を教えてないのに、なぜわかったのですか?」と聞いたら、お釈迦様は「住所を教えなくてもどこにいるかは、いつもわかっているのだから」「空飛ぶ練習が終わったら、家に戻って来なさい」と言いました。それで練習を終え、家に入ると、誰もいませんでした。私が「どこですかー?」と大きな声で聞いてみると、「ここだー」と声だけが聞こえました。
 探してみると部屋の壁に藁がきれいに立てて並んであって、その藁をかき分けてみると小さな池がありました。その池は白いお米のおかゆでできていました。そのおかゆの池の上に蓮が咲いて、その蓮の葉の上にお釈迦様が座っていたのです。お釈迦様は
「お前があちこち出にかけるから、降りてきた。これからはここにずっといるから、ここでお祈りをしなさい。そしてこのおかゆを苦しい人々にあげて、ちゃんとサポートしなさい」と言ったのです。

 この一連の夢を見たので、私は日本でお寺の道場をつくり、さらに私の背後霊が観音様とお地蔵様だとわかったので、お釈迦様と一緒に急いで仏像を日本に韓国から移しました。こうして私は日本にお寺をかまえ、お寺でお祈りを始めたのです。

 

 15年前は、正月になれば集まってくる人たちに向けて3日くらいは皆が元気で、繁盛するようにお祈りをしていました。その間にたくさんの人が電話をかけてきましたが、私は出られませんでした。
 その夜に夢で、インドのカンジス川で、空で天女ふたりがお盆の上に財宝をたくさん持って飛び、誰かを待っているのです。そのすぐそばで鳥が一羽飛んでいました。口には青く光る数珠をくわえていました。けれども風が強く吹いていたので、天女も鳥もとても苦しい姿で、死にそうな感じでした。
 その近くの川のそばには、ふたりの男性が一生懸命誰かを探していました。するとお坊さん二人が喧嘩をしながら、血だらけになった姿で、二人の男性が人を探すことをやめさせるようとしていた、という夢をみました。その時は何の夢だろうと思っていました。
 3日間のお祈りが終わって、やっとかかってきた電話をとったところ、娘3人が病院に行っても病気が治らないで大変だという電話を受けました。お寺に呼んでみると、1人1人に1匹1匹の狐の魂が憑いていました。娘たちの魂は既に空に浮いているような状態でした。
 その娘たちの親は、その頃にゴルフ場を作りたいという建設会社に土地を売っていました。その土地には小さな狐小屋があって、建設会社はゴルフ場をつくるためにそれをつぶしてしまいました。そのことが原因で狐は怒り、狐の魂が娘達にとり憑いたのです。たまたまその家はお寺の家で、守護霊、背後霊が強かったので、かろうじて命をもっていかれはしませんでした。それで、狐の魂が成仏するように、狐小屋をもう一度つくり、狐達に謝りながら、悪霊祓いのためのお祈りを1週間することに決めました。2週間も苦しんでいた娘たちは私がお祈りをしたその日のうちにすぐに治って、来る時には親達が抱いてきたほどだったのに、帰る時には自分達でしっかり歩いて、水も飲まずに、カルビが食べたいというほどでした。

夢の中で観音様から呼ばれたので、急いで飛行機に乗って日本に帰る途中です。

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人の心を試すために、お釈迦様と弟子が素晴らしい姿から汚い乞食に化身して、托鉢をしている姿。

ヘンソンチュグォン
ウォナセセセンセンチョ
サンオバニャブルテェジョン
ヨピボンサヨンメンジ
ヨピサナデガッガ
ヨピムンスデジヘ
ヨピボヒョンガンデヘン
ヨピジジャンムビョンシン
ヨピガヌムサミウン
シバンセゲムブルヒョン
ボリョンジュンセンイプムウィ
ムンアミョンジャミョンサムド
ムナミョンジャミョンサムド
ギョナヒョンジャドゥクヘタル
ヨシキョファハンサゴプ
ピルギョンムブルクプジュンセン
ウォンジェチョンリョンパルブジュン
ウィアオンホブリシン
オジェナンチョムジェナン
ヨシデウォンヌンソンチュィ

【意味】私は永遠に続いて、明るい三宝(仏、説法、お坊さん)に帰依して、いつもお釈迦様を拝んで、お釈迦様の強い勇気をいただいて、悟りを得ます。文殊菩薩様の明るい智慧を授かり、普賢菩薩様の大きな行動を授かり、お地蔵様の大きな希望を授かり、観世音菩薩様の32に化身する力を授かって、六道の世界、全てで化身して、苦しい人々を導いて、支えます。私の名前を聞けば、全ての悩みや苦痛が止まります。私の姿を見る人々は、解脱するようにします。このように全ての苦しい人々に限りない功徳をいたします。最後は仏様も人々もない世界、みんなが悟りを開いて、天国の有頂天に上がって、宇宙と一つになるように頑張ります。六道にいらっしゃる一番強い全ての神様たちが私の背後霊となって、邪魔が入らないで私の希望が叶うように見守ってください。

 その後の夢で、ガンジス川の天女たちはあまりにも重い財宝を長く持っていたので、苦しくて結局川に落ちて死んでしまいました。そして鳥は私のところまで飛んできて数珠をくれました。その後、その娘達の親は私から言われた通りに、自宅で1週間狐の魂を呼んで謝りながら、一生懸命悪霊祓いをしました。

 そして、その後急にその子供達の祖母が親戚一同を集めて、「私はこの先生に孫3人の命を助けてもらったので、この先生にお寺をつくって寄付をしたい。」と言いました。私はそれについては辞退したのですが、お祖母さんはどうしても布施をしたいと申し出られたので、私がさまざまな国で見聞を開くための費用の一部をいただきました。そして夢の中で鳥がくれた数珠と同じものをいただきました。それはそのお祖母さんのお寺の大切な数珠でした。

 そうして私はまだ経験が足りなかったなかったので、お寺をつくるのではなく、見聞を開くために海外へ勉強をしに行きました。
  私は南米コロンビア、オーストラリアのシドニー、イタリア、スペイン、ベルギー、ロシア、台湾にお釈迦様の導きにより修行のために旅をしてきました。その国の文化と生活環境、自然環境、さまざまな修行を見てたくさんのことを学びました。前世の縁もあり、いろいろな人と出会いました。普通の学校教育を受けなかった私はこの海外のさまざまな国での現実的な修行が現在のお祈り、透視に大変役に立っています。

 そして、もっと見聞を広め、深めるために勉強をしに、それと観音様の縁によってアメリカのカルフォルニアからボストンに行って、ニューヨークに行き、ワシントンDC、カナダへ渡り、そこから中国に行き、香港、上海を訪れ、その後、イギリス、フランス、スイス、ドイツまで行きました。そして日本に少し帰り、またアメリカに渡り、サンディエゴに行き、ボストンに戻ってきました。そこに長くいる予定でいました。

 けれども夢の中で、観音様が空から私に向かって「こっちに来なさい」と呼ぶのです。すると、観音様は扉の鍵の束を持っていて、私に投げました。「日本の東京で、皆があなたを探して待っているよ」といいました。「なぜ私を探しているのですか?」と問うと、「あなたが昔書いた本が賞を受賞して、表彰したいけどあなたがいなくて困って探している状態なのだよ」と言うと、目の前に本が現れて、風でページが自然にめくれるのです。するとその本の中には文章がたくさん書いてあり、私の写真がたくさん出ているのです。それは本当に私の本でした。そこには私が今までに体験したことと世界や人間の成り立ちが書いてあるのです。「この本の賞をあげるために作者を探しているのと、読者達が筆者に会いたいと言って、あなたを待っているのですよ」といわれて、鍵をもらいました。そして「あっちを見なさい」といわれると、今度は空港で飛行機が私を待っているのです。私がなかなか乗り込んでこないので、私を館内アナウンスで呼び出しているのです。私はボストンにいるのにもかかわらず、その飛行機はカルフォルニアで待っていました。そして観音様は鍵を私にくれたのと同時に、蓮の実もくれました。「この蓮の実を全部皆に分けてあげれば、私についてあなたは天国に行くことになる」と言いました。
 私は目が覚めるとすぐに、飛行機のチケットを手配して、日本に帰る予約をしました。その飛行機は、ロサンゼルスから日本に経つ飛行機で、ボストンからは2回の乗り換えが必要でした。乗り換えの一つはラスベガスだったので、私は空港の中でちょっとだけスロットをしてみると大当たりしてしまい、結局その当たったもので日本の人たちにお土産をたくさん買うことができました。
 そして私はカルフォルニアから本当に飛行機に乗って、新宿に帰ってきたのです。観音様から呼ばれる夢を見たので、すぐに戻ってきました。もし夢を見なければ、もっとアメリカで見聞を長く開くための勉強をするつもりでしたので、日本には当分の間帰ってこなかったでしょう。

(つづく)

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