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●光の誕生(6)(2009.2.9)

○竜神様とさくや姫の秘密

 ある日の夢の中で、夢を見ました。船の汽笛のような音が家の外からうるさく聞こえ、家が揺れました。びっくりして、夢の中で目がさめました。起きてみると、窓の外に白龍が空を飛んでいて、家に入ろうとしているのです。家のガラスを破ろうとしているので、私は家にあった竹の棒を持って、ベランダに出て、龍の腹をその棒でぐっと押さえて、「入ってはだめ!」といいました。けれども、私の方が明らかに力が弱いので、私はとうとう龍にくわえられて空を飛びました。龍は西へ西へと飛びました。新宿を眼下に見ながら、どこに行くのだろうと思っていました。すると、龍は山梨県富士吉田にある山中湖の広くて、すすきがたくさんある場所に私を降ろしました。
 私は立ち上がって、山中湖をみると、小さいアヒルがたくさん泳いでいました。それとアヒルの小さい二人乗りのボートも並んでたくさん見えました。降りた場所は竜宮の入り口でした。竜宮の城は厳島神社のように水の上に立っているお寺のような建物でした。そこでは、誰かの結婚式をあげているようでした。皆がその結婚式に出席するために中に入っていきました。
人がたくさんいるので、この場所はなんだろうと龍に聞きました。すると白龍は
「あそこは竜宮城で、霊力の強い場所です。目の前には富士山があります。ここでは山と自然の神様と天国七つの星と通じて、どんな願いでも希望が大きく叶うところです。悪霊達もここで祈って祓ったらきれいに魂を磨いて、成仏することができます」
と言いました。
 韓国では、成仏になってない餓鬼や浮遊霊、自殺して成仏できない霊、戦争や地震、事故で命を落とした苦しくて悲しい霊、水子、動物霊、悪霊を呼んでさまざまなおいしいものをたくさん作ってお供えをし、供養を一年に何度もお寺の中ではなくて、外でします。なぜならば、これらの魂はお寺でお祈りをあげて呼んでもお寺自体が天国の四天王の力で守られているので恐くて入ってこないからです。自然の中、山や海、川、湖などでお祈りをあげると魂達は集まってきやすいのでした。このような供養のお祈りをこの山中湖の場所ですれば、魂達が集まってきて、喜ぶことになって、人にとり憑かず、成仏するので、私にここでお祈りをあげなさいと言うわけです。
 そして龍は竜宮の中に入って消えてしまいました。そこで、私は本当に目が覚めました。この夢を不思議に思って、実際に山中湖に行って、夢で見た場所を探していました。すると本当に同じ風景の同じ場所があったのです。ただなかったのは竜宮城だけでした。アヒルもいましたし、目の前の富士山も同じように見えました。その場所にはお祈りをあげられるくらいの屋根のついた小さな眺望台があったので、私はここを魂の供養のお祈りをあげるための場所としました。ちょうど14年前のことで、その時から今までずっと私はここで年に5回ほどこの場所でお祈りをあげています。お祈りをあげるときは、昼だと人が多いし、うるさくて魂が寄りつかないので、必ず午後4時を越えて静かな夜に行います。朝4時までは魂達が気を遣わずに活発に動く時間帯です。昼間よりつかなかった魂達は夜たくさん気軽に集まってくるのです。
 そして後から夢に出てきた白龍は山中湖を守る白い竜神様で、天国の仙人だとわかりました。富士山の女神様である「このはなさくや姫」は、もともと富士吉田の浅間神社の巫女さんだったのですが、そのさくや姫のお祖父さんが実はこの白龍神様だったのです。
 浅間神社を初めて作った神主さんが白龍になって山中湖、富士吉田全体を守っていて、その孫娘が富士山の神様になったのです。
 それがわかった理由は、別の日にまた夢を見たのですが、4,5月頃の季節に、富士山全体が菜の花で満開でした。その黄色くなった富士山の一番上に白龍の仙人が化身して、白い洋服を着て、体が富士山くらいの大きさで、ひげが頂上から麓まで延びていました。右手には大きなシャクジョウを持っていました。さくや姫がその仙人の横に立っていました。私が山中湖でお祈りをあげていたら、そのさくや姫がずっと立って私を見ているのです。お祈りを終えると、山中湖に仙人と一緒に静かに降りてきて、私と話をしました。そして、仙人は山中湖、富士吉田の守り神であることと、その孫娘が富士山の女神、さくや姫であることを教えてくれたのです。そして神通力が限りなくあるさくや姫は富士山を守りながら、日本の平和を守る役割をしているということでした。

 

○天国から迎えに来た白龍

 たまに私は心が本当に落ち込むことがありました。その理由は、なかなかチャンスにめぐまれなかったからです。そのチャンスとは、その頃私の家族と恩人と合わせて3人の人が皆年を取って元気をなくしていました。私はその人たちのために、掃除をして、一緒においしいものをつくってご飯を食べたいと思っていたのですが、時間がないのでなかなか会えず、いつも心だけで願いは叶わなかったのです。3人の恩人に対して、私のできることは少なく、いつももらってばかりで返すチャンスがないのです。このまま恩人たちの肉体がなくなってしまうのではないかと考え始め、はかなく、せつなく思い、胸が苦しくなって、眠れなくなってしまうのです。
 その頃の夢はよく空が割れて、天から仏様、神様が降りてくる夢をみていたので、現実世界でも私は空を見るのが癖になっていました。外に出るときは、まず空から見上げるのです。苦しくて眠れなかった日にやっと眠りに落ち、夢をまた見るのです。夢はやはり空の夢を見るのです。
 そこでは海が空になって、温泉がぽこぽこと沸き立つような音が聞こえてくるのです。海の空は水族館の水槽を下から眺めているような感じなのです。水が落ちる音も聞こえてきました。ぽとぽととほんの少しの水滴が私の頭の上に落ちてきて、まるで雨の降り始めのような感じがします。けれども、それは雨ではないのです。
 海になった空を眺めていると、その空が開き、その中から白龍がすごい速度で急いで降りてきました。白龍に9人の人が乗っていて、そこには知っている人がふたり乗っていました。一人は飛行機の操縦のように龍の方角を運転していました。一人は後ろに座って、戦うための姿をしていました。持っている武器は神通力の武器で全て光り輝いていました。
 龍が「時間がないから、早く乗りなさい」「私たちは3千年の歴史の時間の中を行ったり来たりしている。六道の悪魔達と3千年間戦うことになっているのだ。今年でもう2000回は戦っている。もう行かなくては、また悪魔達がいたずらをして、世界の邪魔や事故事件、財産を奪ったりして、世界の平和を壊してしまうので遅く行けば間に合わないのだ。ぐずぐずする時間がないのだ」というのです。これは帝釈天王の部隊でした。9人はとても強い神通力の武器をもっていたのですが、私だけ武器を持っていないのです。それでもとにかく龍に乗って行こうということになったのです。
 けれども、龍に乗ると下に柿の木があって、その木に私の足がはさまり、下に落ちそうな格好になってしまいました。とれそうでとれなくて、龍が飛べないのです。なんとか、足を動かしてとって、龍に乗り込んで飛んでいくことができました。
 そうして、私たちはある国にたどり着きました。そこでは阿修羅の国の悪魔達がいて、それらは目が口のそばについていたり、変なところに手がついていたりと、普通の人間の姿ではないのです。これはいつも喧嘩ばかりする悪魔達なのです。
 私たちはその国を悪から助け出すためにそこに行ったのです。悪の阿修羅軍は限りないほど大勢いました。それに比べて、私たちは龍も入れて11人しかいないのです。
 それでも私たちは強い神通力で身体を透明にすることができました。その透明にする力を利用して、阿修羅軍には私たちを見えなくして、私たちはばたばたと悪魔達を切り倒していくのです。龍の方角を運転をしていた人がすごい速さで悪魔を切り倒し、悪魔がその人に触れると悪魔は骨まで溶けてしまい、粉々になくなって、ほこりひとつ残らなくなってしまうのです。私と龍以外の9人は山のようにいた悪魔達をほとんど消してしまいました。悪魔達はあと30人くらい残っているのですが、私と龍はただ眺めているだけでした。その時私は龍の上でご飯を炊いていました。9人は戦い疲れていて、残りの30人を今度は私が倒すことになりました。私はどうやってその悪魔達を倒すかというと、武器がないので炊いていたご飯を悪魔達に向かって投げながら、お祈りをあげるのです。ちょうど小豆祓いのように悪魔祓いの真言を唱えながら「ご飯祓い」をするのです。すると、腹を空かせた悪魔達は一瞬にして成仏し、消えてなくなってしまいました。
 戦いの後には自然に大きな虹が空のあちこちから何個もたくさん出てきて、皆で感謝し、褒め称え合いました。虹の光が私たち皆を褒め称えて照らし出してくれました。そして皆で胴上げをして、写真を撮って人間の世界に見せに持って帰ろうと言いました。
 その後みんなで、インドの国に龍に乗って行き、お釈迦様が最初に説法をした場所の鹿野苑とブッダガヤ、ネパールに順番に降り立ちました。それぞれの場所で、お釈迦様の仏像を賛嘆しながら、拝みました。そしてまた龍に乗って、時空を超えて、国々の歴史をみながら、最終的には中国の上空を通って、日本に帰ってきました。
 龍は「私たちは3千年の間1年に一度、六道の世界でこのように悪との戦いに行っていることを忘れてはいけない」と言いました。「悪魔達を消したので、いいことをしているんだよ」と褒めてくれました。

 その後、その龍に乗って方角を運転していた人と、戦っていた私の知り合いとこの神妙章句を一緒に書いています。
この夢は次のような意味だとわかりました。世界は現在、小さい事で満足してしまうか、世界の人々が生意気心を出したりするか、やる気がなく、生き生きしないか、辛抱する力も弱くなって、暴力が増えています。身近な人間関係も悪くなって、事件が起きたりしています。それを神様が見て、解決する道を考えました。私たちは魂が天国の有頂天に戻るまで、魂を磨いて旅をしています。旅をしているのだから、世の中に執着しないで、小さなことで満足しないで、本当に私たちが持っている力、明るい智慧、霊感のパワー、さまざまな神通力をおこして、生き生きして、精一杯使わなければ、世界の問題はなかなか解決できない。そのように神様は考えて、そのことを世界へ世界のお知らせとして書かなければならない、という役割、使命を私の夢の中で示しているのです。 この使命を果たすには寝る時間も惜しいくらいなのです。若いときと違って、年を取れば肉体の力が自然に弱くなっていきます。ぐずぐずしていたら、気がついた時にはもう遅いのです。今、世界の情報がインターネットなどを駆使してみられるし、100%のパワーを使えば、やってできないことはないのだ、と夢の中で理解したのです。そうして、私はこのことを文章に書いて、世界に配らなければなければ、だめだと思い立ったのです。
 私たちは何千年、何万年もの過去に魂がいつでも一瞬にして戻ることができますし、今までやってきたことは限りなく、素晴らしい事をしてきたのです。そのことを、わたしたちがしっかり理解できるように、世界が曇って落ち込んでいる状況が明るくなるように、この神妙章句の神通力で、みんなが元気で生き生きできるように、文章を書く使命と役割があるとわかったのです。そして龍こそが、この神妙章句の「光の船」のことだったのです。この文章の内容は大きな神通力なので、読むことによって、全ての邪魔をなくして、悟りを開く道になるのです。私の魂が天国宇宙と通じて、夢がちょうど「神秘の鏡」の役割をしていた、ということがわかりました。
 夢の中で、私はデジカメで天からの虹のオーラと曼陀羅の花をたくさん撮ったのですが、残念なことに、夢の中からはさすがに持って帰ってくることはできませんでした。それなので、なるべく近い感じの絵を描いて掲載しています。

 

○智慧は平和の種

 私たちが明るい智慧を使う話として付け加えます。昔、新聞がなく、生活環境も整っていなかった時代、世界のニュースもわからないときに、強い国は弱い国に対して戦争をおこしたり、いじめたり、物を無理やり奪ったり、子供たちを結婚させるためにさらって行ったりしていました。
 強い国は弱い国へ恐喝まがいに脅していたのです。当時は国と国は言葉が違うので、よく理解することもできず、このように腕力にうったえることがよくありました。言葉も通じなければ、心も通じなかったのでした。弱い国の大臣たちは、どうしたらよいか智慧を使って考えました。そして、お互いの国同士でゲームをしようと考え付いたのです。二つの国を代表して、ゲームを3日間かけてします。ゲームは将棋か碁、または詩の大会をしました。お互いにゲームの通訳する人をつけます。
 このゲームによって、相手の文化や環境を理解することができるようになりました。さらにゲームなので、集中し、楽しくなります。その時に、その国の良いところや悪いところ、弱み、秘密の内容などを理解します。そして弱い国は強い国の弱みを握り、それを利用して逆にお願いするのです。結局、強い国からの要求は、半分以下くらいに値切ることができるのです。それがこのゲームの本来の目的で、弱い国の果たした仕事でした。
 この意味は、人は弱みなどすべてを簡単に話す必要はないということです。そのことによって、自分の本来の願いが半分になってしまうこともあるからです。また逆の弱い国からの立場としての意味は、今でも通用していることです。貿易する国々は特に相手の国ではなくて、他の第三国に旅行をしながら、例えばデートをセッティングしたり、贈り物をしたり、ゴルフをしたりして、自分の国の広告やPRをします。小さくても贈り物をもらえば、誰でも嬉しくなります。これが「接待」の始まりで、本当の意味です。小さくても、弱くても、智慧を使えばなんでもできるという意味なのです。
 世界でワールドカップサッカーやオリンピック、博覧会を開催して、それぞれの国々の特徴や才能をアピールします。こうして、平和に世界の国々がコミュニケーションをしているのです。

3千年の時空を超えながら、世界の平和を守るため悪魔達と戦っているエンジェル10人。

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イェギョン(禮敬)
ノヒャンサソル
ポプゲモンフン
ジェブルヘフェシリョムン
スチョギョルサンウン
ソンウィバンウン
ジェブルヒョンジョンシン

【意味】香炉にお線香をたいたらその香りが六道の世界に広がってお釈迦様の世界まで上がって、自分自身が行く世界全てにお線香でできたきれいな雲のオーラがいっぱいになって輝くように。そして、私の心に切なる願いで胸がいっぱいなので、お釈迦様が化身して私を導いてください。

 国同士でなくても、私たち人間関係のコミュニケーションはとても大切なことです。苦しくても、辛くても明るい笑顔と勇気のあるやさしい言葉を使って、人とコミュニケーションをとることが大切です。私たちは人からものやお金を借りたり、いただく事がありますが、借りたものはきちんと現世の内に返さなければなりませんし、もらったものは感謝を表さなければなりません。返さなかったり、感謝を表さなければ、因果応報で、来世、六道の中この先ずっと返し続けなければならなくなります。逃げないで、きちんと返すものは返すことです。返せない時が続いても、「私の命がある限り、生きて元気で一生懸命働いて、返すのだから、私を応援してください。」と言えば、福が大きくつきます。本当に苦しければこの言葉を話せばよいのです。逃げ隠れしてもよいことはありません。逃げずに正面を向くことです。そうでなければ、「私が逃げても返すことはできません」ときちんと伝えることです。
 天国の目と天国の耳は私たちが六道の中で生きている間にすることを全て見て聞いています。ほこり一つでも隠す事はできません。六道の中では逃げても逃げ切れないのです。逃げればさらに苦労するのです。 

(つづく)

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