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●光の誕生(10)(2009.2.14)

長い旅の夢は今日で最後になります。

○新宿でお寺を開いた理由

 2004年秋、私は用もあったので久しぶりに韓国に戻りました。海外暮らしが長かったので、この時は時間をとって、半年ほど韓国全国の歴史のあるお寺回りをしていました。韓国に仏教が伝わって広がった頃に初めて建てられたお寺を回って、そのお寺の住職と出会い、サインと寺印をもらったのです。いくつも訪れて、最後の頃には韓国の最北端にある江原道(カンウォンド)にたどり着きました。江原道は土地が高く、空気もきれいで、湧き出る水もおいしく、星がきれいにたくさん見えました。その日、北斗七星、天の川まで見て私は眠りにつきました。そこでその夜夢を見たのです。
 夢の中では私のご先祖様が眠っているチョンサン(韓国では一つのお墓に入るのではなく、山に何人もの個別のお墓があります。そのお墓たちがある山。)がありました。そのチョンサンの山の麓にうちの大きな畑がありました。夢の中によく出てくる私の思い出の場所です。その畑には雲が布団の綿のように一面に畑を覆い隠していました。私はなぜこのようになっているのか不思議に思って、気になり、その雲を口でふーっと吹いてみました。すると、雲の下の畑には真珠、珊瑚、サファイア、エメラルド、オパール、ルビー、ダイアモンド、ゴールドなどさまざまな小さな宝がたくさん蒔いてあり、芽が出ていました。これは天国の福の種でした。人がとってしまわないように、天国が雲で隠してあったのです。
 私が「これは何だろう」と言うと、後ろから誰かの優しい声で返事が聞こえました。それは自然の神様でした。神様が
「これらは天国の福の種だから、ここで種を育てて、大きくなったらこれを福の種として世界に蒔くのです。今は触ってはだめですよ」と教えてくれました。
 畑の上には天国の福の種として小さくてたくさんの宝が一面にあり、それぞれがオーラを放って、きれいな光の束になっていました。
 その時に、遠くから大勢のかわいらしい声で歌う歌が聞こえてきました。その歌はとても上手で、私は聞きほれてしまいました。あまりにも楽しく歌っていたので、空を見上げてみると、空には大きな穴が開いていて、その穴の周りを干支12支の動物が手をつないで輪になって囲み、楽しげに歌っていたのです。自然全てが元気で生き生きして、楽しくなるようにという歌でした。その瞬間、その歌の通り、私の気持ちも楽しく幸せになりました。
 その12支が私に向かって「そこで何しているの?早く上がってきなさい」と言うのです。「うろうろしないで、早く早く。時間がないんだから」と私を呼ぶのです。見ていると空の穴はだんだん狭まって行きました。早く行かないと穴が閉じてしまうので、私は急いで上がって、その動物達と一緒に穴の中へ入って行きました。

 その意味は韓国でいろいろな辛いことがあり、半年もいたので、そのことは早く忘れて日本に帰ってきて、辛くて苦しい人たちを透視して、支えなさいという意味でした。私の透視は、干支の録命書を使って透視鑑定をしていたので、自然の神様が干支12の動物を使って透視鑑定をすべき場所、日本に早く戻りなさいという呼ばれたのでした。
 そして私は干支12支とのつながりがもっと深くなりました。日本に帰って透視鑑定をしている時もたとえばねずみの日にはねずみと同じ干支に生まれた人が集まったり、ねずみの方角から来たりしました。朝ねずみ年の人が来ると、その日は一日ずっとねずみ年の人がくるのです。その干支はその日に自然の神様が呼ぶ日となっているのです。方角もたとえば北海道の人が朝に来れば、午後には正反対の福岡から来て、千葉から来れば、次の人は神奈川から来た人だったりしました。栃木から来る人がいる日は必ず山梨から人が来ました。干支12支たちは私に深い因縁をもたらしています。私に12支たちがついていてくれているのです。夢の中では本当に楽しそうに歌っていていたのでした。

 宝の畑は韓国で私が生まれた家に本当にある畑なのですが、そこの地名は本当にこの世で「新宿(ハングルでシンスク)」という名前でした。ここに畑とチョンサン(御先祖様のお墓がある山)があるのです。私は「新宿」という土地で、御先祖様の目の前にいるという深い縁があるのです。それは自然の神様に呼ばれて結ばれた土地なのです。運を開く天国の福の種が植えてある土地が「新宿」なので、私が日本に来て新宿でお寺を開き、お祈りをあげることは、韓国の私の御先祖様が眠る土地と通じて、お祈りで運を開く希望をかなえる力があるということです。私はこの新宿で宝の種を育てているのです。

○空飛ぶ一本の鳥の羽

 突然ある日昔の貴族のようなおしゃれで立派な5人の人が私の目の前に現れて、きれいにするために洗髪に誘われました。私はその人たちと一緒に急いで美容室に行って、髪をきれいにしてもらいました。夢の中では髪の毛が長く伸びていて、髪がさらさらとして、とても気持ちが良く、不思議に思いました。そして、「これから急いで行かなければならない場所がある」と言われて、その人たちについてその人たちが乗ってきた馬車に一緒に乗り込みました。行ってみるとそこには小さくて古くて白いお城のような博物館がありました。そこで、5人が私に昔キリストが着ていた白い服を着せてくれました。それと黄金のブーツを履かせてくれ、さらに黄金の王冠をかぶせてくれました。最後にキリストの赤いマントを羽織らせてくれました。これらはもともと私のものだと言うのです。
 さらに鳥の羽を一本もらいました。この羽は1mくらいの長さがあり、白い羽でした。それを上に振り上げなさいと言われ、その通りにすると、私の身体はすっと浮かび、宙にとまりました。下に下げると地面に降りることができました。それを5回くらい繰り返しました。今度は羽を左右に、団扇をあおぐように振りました。すると、空中でまるで歩いているかのように進むことができるのです。
 「準備できた?」と聞かれたので、「できた」と言うと、「いまから急いで太平洋に一緒に行こう」と言うのです。私は太平洋の海から落ちたらどうするんだろうと心配していたのですが、心配は不要で、私は海の水面の上に丁度立ったように止まることが出来ました。羽を使えば、海に落ちずに歩くように進むことができました。そして、とても速いスピードで歩く事ができました。そういうわけで、私は太平洋の上を歩き、アメリカと日本を急いで行ったり来たりしました。

 その意味は私は海外のさまざまな国、世界を思うままに行ったり来たりできるという意味でした。私が着た王族の衣装は袈裟の意味です。私の魂は世界を自由自在に訪れ、解脱し、空を飛んだり、歩いたりするさまざまな強い神通力を身につけたという意味なのです。

○「看板の灯りを消しなさい」

 私が部屋の中にいると、外から「会ってください」と叫ぶたくさんの声が聞こえました。最初私はあまりにもうるさくて、中に入って来られないように窓を閉めて隠れていましたが、思い切って外に出てみると、空に目玉だけが星のようにたくさん浮かんでいました。目玉は魂だというのです。目玉だけが出て浮遊している魂の苦しみを想像し、私はこの魂たちを苦しみから解放して、助けてあげたいと思いました。
 けれども目玉の魂たちは数限りなく、私は助けることに疲れてしまいました。体もなく、あまりにもたくさんいたので、毎日やっても全て終わるようなことはなく、ほとほと疲れてしまいました。
 そこへお釈迦様が降りて来て、「あなたが看板の灯りを点けているので、あなたが中にいるとみんながわかるのだから、看板の電気を消さば静かになるのだ」とおっしゃいました。「そんなぼろぼろになってやったら、肉体がなくなってしまうから、ゆっくりやりなさい」と言うのです。
 部屋に入ると、きゅうりや人参、すいかが山ほどたくさん置いてありました。お釈迦様はそれを「ぽりぽり食べなさい」と言うので、私は食べることにしました。
「肉体が疲れたらだめになってしまうのだから、静かに野菜を沢山食べて、元気を出して、落ち着いて座りなさい」と言われました。そして私は実際にそうしました。

○大光寺と希望ちょうちんのはじまり

 家にいると急に土地が割れるような、爆弾が爆発したような音がしました。どこか世界がだめになってしまったのか、UFOでも落ちてしまったか、とびっくりして外を見てみると、とても遠くにある大きな山が光だらけになっていました。かなりの間走ってそこまで行くと、山が大きく削れて、穴になっていました。その穴には千手観音様が天から落ちてきて、大きくてまぶしいオーラを出していました。千手観音様はとても大きかったので、山の木も全て折れてしまっていました。私が
「どうしたんですか??」と聞いてみると、
「お前があんまり変に迷っているから、助けるために慌ててきたので、化身するのを忘れて、身体が大きいまま降りてきたのだ!」
と言われました。千住観音様は天国からちょうちんをたくさん背中に背負って、天の戦車に乗って落ちて来たのです。ちょうちんは風に吹かれて、背中から大きな音を立てていました。戦車は千手観音様の身体と同じゴールドで出来ていました。砲塔からはスポットライトのような光を出して、ぐるぐる回しながら世界を照らし出す事ができました。
 千手観音様は慌ててその山をなおして、戦車に私を乗せ、新宿まで来ました。そして千手観音様は自分の身体を小さくして、ちょうちんを背中に全部背負って、降りてきました。そしていまある大光寺の住所の建物にちょうちんを持って地下に降りてきてくれました。 
 そして私に「ちょうちんを天井に飾り、苦しんでいる人々の住所、生年月日、名前を書いてちょうちんにつけ、一生懸命お祈りをしなさい」と言われたのです。
 その夢を見てすぐに今の住所にお寺を開くことに決めました。そして天井にはちょうちんをたくさん飾り、希望ちょうちんを始めました。そして韓国に20年以上置いてきていた千手観音様の仏像を急いで日本に移し、大光寺のお釈迦様の前に仏壇をつくりました。現在その千住観音様の目の前で毎日苦しんで悩んでいる人々の話を聞きながら、透視鑑定をし、お祈りをして、苦しい悩みが早く解決する道を教えています。

 2004年2月7日、千手観音様が再び天から蓮の花をたくさん背負った大きな姿で天国極楽の大きくて素敵な光を持っている鳳凰に乗って降りてきました。
  「今は悪が大きな力を持ち、見せかけのやさしい人に化けて世の中を混乱させる時代だから、世の中の人々に明るい光をあたえるため、お寺の名を大きな光の『大光寺』に変えなさい。そしていつもお寺に新鮮なお花をたくさん飾り、みんなが幸せになるために運を開きながら、悪霊祓いを一生懸命頑張れば世界が明るくなり、平和になるんだ。」とおっしゃいました。このようにして、新宿「大光寺」の名前を頂きました。聖徳寺は「悟りを開いて、静かに穏やかに説法する」という意味がありましたが、大光寺は「大きな光で、暗くて苦しい世界を明るく照ら出して平和を呼ぶ」という力強く、元気で生き生きする名前でした。

○天国からのメッセージ

 空から大きな声が聞こえることがありました。空が大きく素晴らしい獅子のような声でいろいろ教えてくれます。そろそろ引越ししなさいとか、引越し先の方角やその場所、お祈りする場所などを空が話して教えてくれます。その声の通りに今まで行動していました。必ずお釈迦様や菩薩様、千手観音様、自然の神様の役割をしている帝釈天王がきちんと教え、導いてくれているのです。

●化身したお釈迦様

 普通に見た夢を人は誰でもすぐに忘れてしまいます。けれども私が今まで書いてきたような鮮明で今でも忘れない夢を見てきたのは深い意味があります。私は世界が認めるような王族の生まれでもないし、大金持ちの財閥の娘でもないし、良い教育を受けた有名な学者でもないし、俳優女優でもありません。そして世の中でさまざまなことが起これば、私自身も弱くなり、自分が本来持っている力を存分に出す事はできません。この世で揺れてしまうのは私の肉体が普通の人間だからです。私はもともと悟りを開いているのにその力を発揮することができず、自分自身がそのことを信じることができなくなり、勇気が出なくなることがあるのです。それはなぜかと言うと、世の中で生まれてから悟りを開いたのではなく、前世で既に悟りを開いていたので、この肉体での経験としてはないからで、肉体の目では確かめようがないからです。けれども、悟りを開いたその力が1歳を越え、言葉を話し出す時期から天国と通じることになって、生まれてから長い間、天国にいるお釈迦様、菩薩様、神様が私の夢の中に現れて次のように教えてくれるのです。
  それは、私が揺れないで、強く生き、天国の全てのことを世の中で苦しんでいる人々に見せながら、お知らせしていかなければだめだと常に教えているのです。天国の仏様、菩薩様、神様は肉体を持っていないので、普通の小さなこの私の肉体を使って、その役割、宿命を私が果たすようにさせているのです。
  六道の中では誰でも逃げることができず、因果応報の中で私が生まれ、この人生を歩んでいます。あまりにも辛くてお寺を辞めて一人で山の中で静かに修行をしようかと思った日もありました。干支の流れによって、そういった時期もあったのです。けれどもここに来るまでさまざまな波乱万丈の人生を乗り越えてきたのは、私がいつも夢の中でお釈迦様、菩薩様、神様と出会うことができ、さまざまなお祈りの神通力を授かり、明るい智慧の透視する力を授かっているからなのです。
 今日まで書いた神妙章句の中にそのこと全てが説明してあります。これによって、誰でも自分自身が永遠に続く幸せになる道、秘密が書かれています。目に見えるこの世界や見えない六道の世界全体がどのように成り立っているのか、それぞれ自分自身がどのように成り立ち、前世現世来世がどのようにつながっているのかをひとつひとつ書いてきました。目に見えること、見えないことを信じるか信じないかは自分自身で決めることです。
 お釈迦様は肉体の目で見て、聞いて、探しても一生見つけ出すことはできません。お釈迦様は千百億もの姿に化身することができるので、どんな姿で現れているのか予測もできません。お釈迦様だからといって、常に高級な姿で現れるわけではなく、どんな姿でもいつどんな時間、今日でも、今でも、目の前に現れるのかどうかも命がある限り予測できないのです。これは全てのお経の親になっている金剛般若心経の中にも説明してあります。
 お釈迦様の言う言葉は「もし私が世界が認める権力や財産を持つ素晴らしい姿だからという理由だけで、私の姿や声を探そうとしても、その心を持っている限りは私とは永遠に出会うことはできません。そのような錯覚した心を持って私を探す愚か者達は、結局のところ真実を探すことができず、苦しい輪廻で信じることができず、目の前にいるのにもかかわらず気付かずに、邪道を探し続け、悟ることが難しい人達なのです。私の姿は普通の人かもしれません、犬、猫、鳥、魚、植物かもしれません。お坊さん、尼僧の時もあるでしょう。目の前に立っているチラシ配りの人かもしれません。道や公衆便所をきれいに掃除している人の姿でいることもあるでしょう。素晴らしい姿から、さまざまな思いもよらない姿にまでその人の環境に合わせた形で現れて、運命を導いているのです。」

 私たちが出会うのは、長い前世の中で私たちの魂が天国から始まり、一緒に六道の長旅をしているからです。大光寺に来て、私と気軽に前世現世来世の話をし、悩みを話す人とは、短くても何万年もの間生まれ変って出会った縁が深い関係なのです。私たちは前世で親になったり、兄弟になったり、親戚になったり、同僚になったりしていた人生を歩んできたのです。
 これは私の身体を使っているお釈迦様と自然の神様と魂たちの縁が大光寺で再び出会っているのです。大光寺が天国の窓口の役割を担って、たくさんの魂たちと出会える場所になっています。苦しいさまざまな悩みの相談と人生が明るくなるように、自分自身の魂が磨かれ、明るい智慧、霊感が開いて悟って涅槃になるように、御先祖様の魂を磨いて大きく運が開いて、人生の邪魔をする厄祓い、悪祓い、結婚、子供の縁があるように、仕事や人間関係の縁が結ばれるように、経済運が開くように、その他さまざまな希望がかなうように、天国の窓を開けるお祈りを大光寺ではしているのです。
 お祈りでは、背後霊、守護霊を呼んで、前世のカルマをなくすために、辛くて悪霊になっている魂に謝って、磨いて、成仏させています。

私が生まれた韓国の御先祖様の眠るお墓の前にある新宿の宝の福の種が蒔かれている畑。干支12に呼ばれたので天国に急いで上がる窓口。

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金剛般若心経の一番大事な真言
ヤギセッギョナ
イウムソングア
シインヘンサド
プルヌンギョンヨレ

【意味】 もし私の肉体の姿を探し、肉体の声を聞こうとするような愚か者がいれば、それ人は一生私と出会うことができず、邪道をしていることになるのだ。


イルチェユゥイボプ
ヨモンファンポヨン
ヨロヨギョジョン
ウンジャギョシゴァン

【意味】 森羅万象にある全てのものは幻なのですぐに消えてしまう。それなので、それは夢や妄想、泡、影と同じこと。そして、朝露のようであり、稲妻のような一瞬にして消えてしまうものなので、世界全てをそのように観て、捉えるとよい。

※ この真言は1日百回唱えれば、天国と通じて、明るい智慧が開き、希望が叶い、間違いなく最後はお釈迦様と出会い、悟りを開く事になります。

 世の中で私たち皆はそれぞれ自分自身が主人公になっているのです。たとえ、伴侶でも、家族でも、兄弟姉妹でも「私」に代わる人はいないのです。自分自身が元気で幸せになるのは自分自身しかいないのです。苦しんでいる人、幸せでない人を守るには、自分自身が幸せで、しっかりしていなければ、力を分け与えることは難しいのです。 私がいるからこそ、伴侶、家族、兄弟姉妹、他人、世界があるのです。誰かに少しでも頼っている人生であったとして、その上で幸せが成り立っているとしたら、それは永遠には続かない不安をいつも抱えていることになります。頼っている相手がいついなくなるか、亡くなってしまうかわかりません。そうならないように、私が永遠に幸せが続くようにしっかりしなくてはなりません。
 私たち皆のの肉体は誰でも大きく深呼吸している間に呼吸が止まり、死んでしまうのです。それくらい世の中で人生が短く、はかないのです。全て永遠に続かないことに心が縛られて振り回されてしまうのです。身体も残る事はないのです。生きているから、季節の変化があり、環境が変わり、出会いがあり、別れを感じ、体験します。心がそのめまぐるしい変化についていって、喜んだり、悲しんだり、怒ったりして、とても忙しく疲れます。そうやって疲れるよりは、肉体が死ぬまでは私たちはしっかり、揺れずに、自分で何でもやっていくのです。いつでもチャンスがくれば行動をおこせるように準備万端にしていなければなりません。私たちがしっかりやるということは、私たちが正しいことをして、こつこつ努力するということです。それによって私たちの幸せが永遠に続く事になります。

これが六道の全ての世界なのです。

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