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●優しいお地蔵様の前世(9)(2009.2.24)

地蔵菩薩本願経 上巻

第7品 利益存亡品-2

 喩えていうならば、誰か遠い場所から来て食料も3日目にはなくなった人がいるとします。さらに持っている荷物は百斤(60kg)を越えていました。その人が突然、近所に住んでいる人と出会って、さらに小さな荷物をお願いされました。そのためにさらに疲れて、荷物も重くなってしまうのです。
(※この意味は、食料がなく荷物を持っている人は前回の臨終した人のことです。荷物がその人のカルマにあたり、食料が善の行いになります。近所の人は前回の家族にあたり、小さな荷物はやはりカルマになります。臨終の席で生物を殺して食べるようなカルマをつくったために、亡くなった人にカルマ(荷物)を負わせて、増やしてしまうという喩えです。)
 世尊様、私が観てみると、閻浮提の生命たちはただひたすら仏様の教えの中にある善良なことを一本の毛やしずく一滴、一粒の砂、ひとつのほこりくらいだけでもあれば、このような利益を全て自ら受けることが出来るのです。」
 と地蔵菩薩はお釈迦様に申し上げました。

 この説法をされる時に、会の中には一人の長者がいて、名前を大弁というのですが、この長者は長い間無生を理解し、十方で化度し、悟りを開き、自然現象全てをよめるようになりました。長者が姿を現して、手を合わせ、敬って地蔵菩薩にたずねました。
「大士よ、この南閻浮提にいる生命の寿命が終わった後で、大小さまざまな一族が亡くなった人のために功徳を磨いて、斎(法事)を催してたくさんの善因(善良な因果応報)をつくってあげれば、この寿命を終えた人は大きな利益と解脱を得ることにならないのですか。」

そして地蔵菩薩が返事をしました。
「長者よ、私が今未来と現在の一切の生命たちのためにお釈迦様の威力を授かって、概略を話しましょう。
長者よ。
 未来、現実の全ての生命たちが寿命の終わる日の直前にひとりのお釈迦様の説法か、ひとりの菩薩の説法か、ひとりの辟支佛の説法を授かり聞くことができれば、罪があるかないかを不問にしてすべて解脱をすることができます。
 喩えば、ある男性か女性かがいたとします。その人が暮らしているときに、善良な行いを磨かずにさまざまな罪をたくさんつくることになれば、寿命が終わる後で、大小さまざまの一族がその人のために一切の善い事をして福になるようにしたとしても、7分の1を授かるだけで、残り6分の功徳は生きている人の利益として残ることになります。このような理由で、未来と現在の善良な男と女達がよく話を聞いて、みずから磨き上げれば、そのつど分を完全に授かる事ができます。
 人間が突然死ぬと無常大鬼(閻魔大天にある)に辿り着きます。その場所は「あの世」と呼ばれており、そこには自分が死んだ事を理解できずに魂たちが遊んでいます。魂たちは自分の罪と福を理解できないでいます。肉体が死んでからの7、7、49日の間は、どんなに愚か者やばか者でも、または耳の聞こえない人でも、または諸司(死ん遊んでいる魂たち)でも、その国にいる閻魔大王(エンジェル)が魂たちのカルマの報いや福があるのかないのかを透視して調べて、判決します。そしてあちらにいけと割り当て、魂が何もわからない間にそこで行われます。そこで千万種類の不安な気持ちや苦痛を受けて、さらにどうして全てが悪趣などへ落ちてしまうことになるのでしょうか。
 この寿命が尽きた人間は次に生まれ変らない7、7、49日の間に瞬間瞬間ごとに全ての肉親と一族が福の力をつくってこの魂を救い出すことを魂が願うのですが、この日を越えてしまった後には魂はカルマによって報いを受けることになります。

 たとえばこのような罪人は千百世を通り過ぎても解脱する日はなくなり、たとえその魂が五無間罪をつくって、大地獄に落ちることになれば、千劫から万劫の間永遠にさまざまな苦痛を受けることになります。」

「そしてまた、長者よ、このような罪のカルマの生命たちは寿命が終わる後に一族か肉親がその魂のために斎を催して、福を磨き、カルマの道を取り、供養のご飯が尽きないように供え続けた時と斎でお供えした後でも、米の研ぎ汁とナムルの葉っぱを土地に捨てずに、料理をお釈迦様とお坊さんたちにちゃんと供養しないで、自分達が先に食べてはいけない。
たとえ、食べる順番を破り、先に食べてしまうか、まじめに一生懸命にこの斎をしなければ、この寿命を終えた人が最後に救援の力を授かることができないのです。
 たとえ、よく一生懸命にやって、きちんと大切にして守って、お釈迦様と僧侶に奉り、差し上げれば、この寿命が尽きた人が7分の1の福を受けることになるのです。
このような理由で長者よ、閻浮提の生命がたとえよくその人の両親または一族のために寿命が尽きた後で斎を催し、供養を差し上げるこの上ない心で勤勉に誠意を込めたならばこのような人は生きても死んでも利益を授かることになります。」

この説法を説明されているときにトウ利天宮で千万億の那由他の閻浮提の鬼神たちがいて、全て限りなく菩提心(全てを理解して、悟った心)を表しました。そして大弁長者もとても嬉しい気持ちで教えを奉り、お礼を申し上げて、後ろに下がりました。

 

閻羅王衆讃嘆品
第8

その時、鐡圍山の中にたくさんの鬼王たちが閻羅天子と一緒にトウ利天宮に来てお釈迦様がいらっしゃるところへたどり着きました。
悪毒鬼王と、多悪鬼王と、大諍鬼王と、白虎鬼王と、血虎鬼王と、赤虎鬼王と、散殃鬼王と、飛身鬼王と、電光鬼王と、狼牙鬼王と、千眼鬼王と、瞰獣鬼王と、負石鬼王と、主耗鬼王と、主禍鬼王と、主福鬼王と、主食鬼王と、主財鬼王と、主畜鬼王と、主禽鬼王と、主獣鬼王と、主魅鬼王と、主産鬼王と、主命鬼王と、主疾鬼王と、主険鬼王と、三目鬼王と、四目鬼王と、五目鬼王と、キ利失王と、大キ利失王と、キ利又王と、大キ利又王と、阿那タ王と、大阿那タ王と一緒にたくさんの大鬼王たちがそれぞれ百千本にでもなってあらゆる小鬼王を率いてきました。すべての閻浮提で暮らしながら、それぞれは受け持った使命があって、それぞれがとどまった場所があったのですが、このようなすべての鬼王たちは閻羅天子の力によって仏様の威信と地蔵菩薩摩訶薩の力を受けて一緒にトウ利天に参礼しに来て、片側に立っていました。

 その時に閻羅天子(エンジェル)がひざまずいて合掌し、お釈迦様に申し上げました。
「世尊様よ、私たちは今、あらゆる鬼王と一緒にお釈迦様の威信と地蔵菩薩摩訶薩の力を身につけ、まさにこのトウ利天大会に参礼することを許可してもらいました。このことがさらに私たちにも善良な利益となって授っているのです。
 私は今、少し疑っていることがあります。あえて世尊様へ聞くためにひとえに願わくは世尊様は慈悲の心で考え、私たちのために説明をしてください。」

お釈迦様は閻羅天子に言われました。
「自由に聞いてみなさい。私はお前のために説明をしよう」

この時に閻羅天子が世尊様を敬って拝んだ後、地蔵菩薩の方を見ながらお釈迦様に申し上げました。
「世尊様よ、私が観て地蔵菩薩様は六道の中にいらっしゃいながら百千種類の方便を使って、罪苦の生命を済度されて疲れていても、怠けたりせずに、大菩薩にはこのような不可思議な神通力を起こすことがあると思うのですが、そのようなすべての生命たちが罪の報いから抜け出る法を授かりましたが、それらは長くもかからず、また再び悪道へおちることになるのです。
 世尊様よ、この地蔵菩薩にもはやこのような不可思議な神力があるにもかかわらず、どうして人間たちは善い道を頼って永遠に解脱をしないのですか。
 ひとえに願わくは世尊様よ、私のために解説してください」

 お釈迦様は閻羅天子に言われました。
「南閻浮提の人たちはその性格が頑固で、強く、なおすことも難しく、服従させる事も難しい。この大菩薩は百千劫を越えながらひとつひとつを救い出している。このような生命たちは早くに解脱させたし、この罪の報いを受ける人や大悪趣に落ちる人までも菩薩が方便でもって、根本の罪の縁から助け出し、前世のことを理解するようにしたのだ。しかし、この閻浮提の人々が自ら悪習と強く結ばれて、抜け出そうとしても、すぐに逆にまた入ってきてこの菩薩を苦しめながら長い劫数を過ぎた後になってやっと度脱をつくることになる。

 喩えて言うならば、ある者が精神が揺れて、何をしていいのか忘れてしまったとしよう。間違って険しい道に入ってしまうのだが、その険しい道の中にはあらゆる夜叉と虎、獅子、蛇、毒蛇がたくさんいたので、この道に迷った者が険しい道の中でしばらくの間すぐにあらゆる毒に出会うことになるのだ。ある智慧が明るい人がいて、大きな術法と神通力をたくさん備えている人がいた。このような毒や夜叉すべての悪毒たちをこの人は止めさせることがよくできるのだが、道に迷った人に突然出会い、険しい道に入って行こうとしたので話かけた。「あぶない。男よどんな理由でこの道に入るのか。どんな特別な術法でもあってすべての毒をちゃんと防ぐことができるのか。」

 この道に迷った人は、突然この言葉を聞いて急にここは険しい道だと気付いて、すぐに後ずさりし、この道から出たくなった。明るい智慧の人がその手をつかみ、導いて、険しい道から引っ張り出し、すべての悪毒を免れて、良い道にたどり着いて、その人を落ち着かせて、言った。
「あぶかったな。道に迷った人よ、今日から先はこの道には入るな。この道に入った者は最後には出ることが難しいだけでなく、さらに命をなくすことになるんだ」といった。この道に迷った人もさらにまた感動した心を表したのだ。
二人が別れるときになって、智慧のある人がまた言いった「たとえ親しい人や知っている人、全ての道を歩く人が男性か女性かだとしても、この道にはさまざまな毒と悪がたくさんあり、命を落とすことになるのだ」と教えて、この道を行く人々が自ら死を選択することがないようにしなければいけないと言ったのと同じことだ。

暗い道、地獄は誰しも行きたくありません。これから私たちみんなが残りの人生をどうすれば苦痛がとまって、悟りを開くことになるのか考えます。その考えは三毒、六波羅蜜、八正道、十二因縁、無常戒を精進しましょう。

そして般若心経を一生懸命唱えてください。

 

チャンオムヨムブル(荘厳念仏)

サムゲユヨクプチョンリュン
ペクチョンマンゴプヨクミジン
チャシンプルヒャンクムセンド
ケンデハセンドチャシン
ナムアミタブル

【意味】
三つの世界(欲界、色界、無色界)がまるで井戸の水を汲みあげるつるべの綱と同じ様に
百千万劫の輪廻に巡り、その数が細かいちりの数ほど過ぎ去っても止まらずに同じ事を繰返しています。
この身体が今世の残り時間さいごまで、済度をできなければ
またいつの人間の肉体を授かって、人間界に戻って生まれ変るか予測できないので、私は必ずこの身体で命がある限り済度をするのだ
この真言を朝も夜も時間のある限り唱えれば、天国極楽南無阿弥陀仏の如来様と通じて、この世で悟りをひらくことになります。




このため、地蔵菩薩が大慈悲でもって、罪苦の人々を救抜して、天国と人間界に生まれ変れるようにして、神秘の慰めを受けるようにしようといったので、このすべての罪をつくった連中がカルマの道の苦しみを知って、抜け出す法を授かり、抜け出した後は永遠に二度とその道を踏まないこと。さらに道に迷っている人が間違えて険しい道に入っても善良な智慧を持っている人と出会って引接(助けて導くこと)されて、抜け出し、永遠に二度と入らないようにしたことと同じだ。他の人と会ったとして、誘われて、またそこに入っていかないようにしながら、自分もそのようなことが迷う原因になるために抜け出し、そこから去って、二度とは入らないようにしている、というのだ。
 万一、2度その道に足を踏み入れたとしたら、それはむしろいまだに迷い、誤っているのだ。昔早くに険しい道に落ちたこと自体を理解できてなくなっていて、もしかすると命をなくしてしまうことになるのだが、それはまるで悪趣に落ちた生命たちを地蔵菩薩の方便力のために解脱させて、人間界と天国に生まれるようにしたのに、さらにまた戻っていくのと同じことなのだ。
たとえば罪をさらに重ねれば、永遠に地獄から解脱するときが来ないのだ。」

 その時に悪毒鬼王が合掌して、敬ってお釈迦様に申し上げました。
「世尊様よ、私たち全ての鬼王はその数が限りないのです。閻浮提からもし人の利益になるようにもしたとして、または人の損害になることもして、それぞれは同じではないのです。それぞれは罪の報いのためにこのようになっているのです。私の一族が世界旅行をした時に、悪い事はたくさんあり、善いことは少なかったのです。人の家庭やあるいは市、区町や村や荘園、宮殿を通り過ぎたとき、またはある男か女が毛先ほどの小さな善良なことを磨きながら1本の旗や1個のちょうちんをぶらさげたり、小さなお香と小さなお花で仏像と菩薩像に供養を差し上げたり、あるいは尊い経典を唱えてお線香を立てて、1句か1つの章に供養して、唱えたとしても、私たち鬼王はこの人を敬い、過去現在未来のすべての仏様と同じようにして、全ての小鬼たちに命令して、それぞれ大きな力と土地を管理する人をまた守るように命令して、悪事や横事(事故事件)、悪い病気、重病ないしはその意味と同じではないことがこの家の近所に現れないようにして、ましてどうしてその門の中に入ることができるのでしょうか。 私たちがしっかりしていれば、安心です。

 

(つづく)



 

 

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