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●優しいお地蔵様の前世(11)(2009.2.26)

地蔵菩薩本願経 下巻

第10品 校量布施功徳品-2
(布施をする功徳を比べる)

 さらに地蔵よ、未来世の中ですべての国の王と婆羅門(今の時代では首相や政治家、大企業や財閥の人)たちが皆、年を取って病気になった人と出産する女性たちを見て、たとえ一瞬でも大きな慈悲をおこして、薬と料理と寝具を布施して、その人たちを安楽にさせたならば、このような福と利益は一番不可思議(常識では考えられない=神秘的)であり、一百劫の中をいつも浄居天の主人となり、二百劫の中をいつも六欲天の主人となり、最後には仏道を成就し、永遠に悪道に落ちずに百千生の中で苦痛にもがく声も耳にしない事になるのだ。

 さらにまた地蔵よ、たとえ未来世の中で全ての国の王と婆羅門たちが十分にこのように布施をするようになるならば、授かる福が限りないことになる。さらにこの福を十分に回向(えこう:善の行いを他の人にふりわける)するならば、結局仏道を成就する(仏になる)事になるのだが、それはむしろ帝釈天と梵天の王、転輪王となる報いだけなのだろうか、それ以上のことなのだ。このために地蔵よ、広く人々を招き、このようなことを習わせるようにしなさい。

 さらにまた地蔵よ、未来世の中でたとえば善い男性と善い女性(現在に生きる私たち皆のこと)が仏法の中で小さな善根を髪の毛や砂粒、ちりほどに蒔いたとしても、受ける福と利益は喩えて言うことができないくらいなのだ。

 さらにまた、地蔵よ、未来世の中でたとえ善い男性と善い女性がお釈迦様の仏像や菩薩の像、辟支佛の像、転輪王の像と出会って布施をして、供養をすれば限りない福を授かり、いつも天上や人間界に生まれ、優れた神秘の喜びを受ける因果応報となり、それが福の種になっていくのだ。さらに、たとえばその福を法界(仏法の世界)に回向(種を人々に蒔く)すれば、この人の福と利益は喩えて言うことができないほどになるのだ。

 さらにまた地蔵よ、未来世の中でたとえ善い男性と善い女性が大乗の経典と出会い、一偈一句を聞くか、丁寧な心を出して讃嘆し、敬って、布施をして、供養をすることができればこの人は大きな因果応報を授かるので、その果報は数え切れず、限りがないのだ。たとえこれを法界で回向すればその戻ってくる福は喩えて言うことができないほどなのだ。

 さらにまた、地蔵よ、たとえ未来世の中で善い男性と善い女性がお釈迦様のための塔やお寺や大乗の経典に出会える新しい場所で布施をして、供養をし、参礼し、讃嘆し、敬って、手を合わせて、あるいは古いものやぼろぼろになりそうなもの、ぼろぼろに崩れたものに出会えば直して、それを経営して、統治し、あるいは一人で心をおこし、あるいはたくさんの人を誘って一緒に信仰心をおこすようになれば、このような人たちは三十生の中をいつも小さい国の王となり、檀越(布施をする私たち)はいつも転輪王となり、今度は逆に教える限りなく深い神秘の力を授かったので、その神秘の説法を使って、すべての小さい国の王たちを教える立場になるのだ。

 さらにまた、地蔵よ、未来世の中でたとえば善い男女が仏法の世界で善根を蒔いて、あるいは布施をして供養すれば、あるいは塔とお寺を補修すれば、あるいは経典を装飾するかきちんとしまっておいて、毛一本、塵一つ、砂一粒、水一滴でも善良なことをただ法の世界で回向することができれば、この人の功徳は百千生の中で成就する神秘的な喜びを受けることになり、自分の家の一族やあるいは自分の利益を回向することができれば、このような果報は必ず三生の喜びになり、一度に万種類もの報いを授かる事になるのだ。
 このように地蔵よ、布施をするという因縁はこのように結びついているのだ。」

 

第11品 地神護法品
(この地神は仏様、菩薩様の説法を守護している)

 その時に堅牢地神がお釈迦様に申し上げました。
「世尊様よ、私は昔から今まで限りない菩薩摩訶薩を尊敬し、敬って、お目にかかり、お祈りをした後に、皆が大きくて不可思議(神秘的)な神通力と智慧によって広く生命を済度していました。けれどもこの地蔵菩薩摩訶薩は全ての菩薩より誓いをたてることがとても深く、重いのです。

 世尊様よ、この地蔵菩薩があの閻浮提で大きな因縁があったのですが、文殊普賢観音弥勒のような菩薩様たちもさらに百千の姿に化身して現れて、あの六道の生命を済度しても、その願いはそれでも終わりがあるのに、この地蔵菩薩については六道の一切全ての生命たちを済度させる誓いをたてたので、それにかかる劫数は千百億の恒河の砂の数ほどにもなるのです。

 世尊様、私が考えてみて、未来と現在の生命が暮らしている場所で南に清潔な土地があって、土と石、竹、木で家を建て、そこに地蔵菩薩の姿を描き、また金と銀、銅、鉄などで地蔵菩薩の姿をつくり、そこに祀って、お線香をたいて、供養を催して、敬って、お祈りし、讃嘆すればこの人が暮らす場所ですぐに10種類の利益を授かる事ができます。
どんな10種類かというと、

  1. 土地が豊作になる
  2. 家の中が長い間穏やかになる
  3. 御先祖様の魂達や亡くなった親族が天国に生まれ変わる
  4. 生きている家族の寿命が長く伸びる
  5. 願うことが希望通りに進むことになる
  6. 水や火による災難がなくなる
  7. 自分がしたことが無駄になることは一切なくなる
  8. 夜、悪夢を見なくなる
  9. どこで自分が行動しても優しい神様たちが背後霊になって見守ってくれる。
  10. 徳が高くて、智慧が明るく、良いオーラに包まれた縁にたくさん恵まれ、結ばれる。

 

世尊様よ、未来世か現在世の生命たちがたとえば住んでいる適当な場所でこのような供養を催せば、さらにこの利益(自分の希望)を授かる事になるのです。」

堅牢地神はまた、お釈迦様に申し上げました。
「世尊様よ、未来世の中でたとえば善い男性と善い女性が住んでいる場所でこの経典と菩薩の像を見れば、あるいはこの人がまた経典を唱えて菩薩様に供養をすれば、私がいつも昼と夜にかけて根本的な深い威信力でもってこの人を護って、水や火、さらに泥棒、大小に関わらない急病や悪い災いなどを全て消してしまいます。」

 お釈迦様は地神に言われました。
「堅牢よ、おまえの大きな神の力はすべての神にとっては達することができないのだ。なぜならば、閻浮提の土地が全てお前の護る力を身につけているので、植物と砂、石、稲、身体の骨、肉、竹、葦、穀物、お米などの宝まで全ては土地に頼って存在していることなので、これら皆は全てお前の力を授かっていることになるのだ。そして、さらに地蔵菩薩の利益に対してそのような讃嘆をすることで、お前の功徳と神通力はあの普通の土地の神たちよりも百千倍にもなるのだ。
たとえ未来世の中で善い男性と善い女性(現在の私たちのこと)がいて、菩薩にお供えしてこの経典を唱え、ただひたすら地蔵菩薩本願経に基づいてひとつでもその行いをする人がいれば、お前は当然根本的な神力を使ってその人々を見守って、さまざまな災害や希望通りにいかないことを耳にもしないくらい(周りの人さえも災害などが及ばないくらい)になるので、むしろそれで人々が災いを受けることになるだろうか、ならないのだ。

 ただし、お前(堅牢地神)は一人だけでこの人を見守るわけでなく、さらに天国帝釈天と天国梵天の神様、天人たち一族が皆、この人の背後霊になって見守ることになる。なぜこのような聖賢(天国の強くて素晴らしい力を持っている神様と天人たち)の守護を受けることになるのだろうか。
 それは皆が地蔵菩薩の姿を帰依して拝み、この地蔵菩薩本願経を寂しくて苦しくても、人生正しく、間違いのない行いで、世界でさまざまな苦しくて弱い立場の人をサポートして奉仕をしながら、信仰し、お経を唱えたその力で自然に最後には全ての苦海(苦痛)から抜け出して、悟りを開いて涅槃を得ることになるのだ。それなので、天国にその善良な行いをしたことは、人々にそれぞれついているエンジェルがデータとして記録し、天国と通信してメッセージを24時間無休で元気に送り続けるので、やはりそれぞれについている悪いエンジェルの邪魔をなくすように天国から派遣された神様たちの大きな守護を授かる事になるからなのだ。さらに神様の神力をおこして、その人の良い縁を結んで、大きく運を開いて人生を明るく照らすことになるのだ」

 

第12品  見聞利益品
(見て聞いて授かる利益)

 その時に世尊様は頂門(頭)の上から百千万億の大きな毫相光(さまざまな光)を出されました。いわゆるお釈迦様が持っているパワー(エネルギー)を使って出しているさまざまなオーラの色の名前なのですが、
白毫相光、大白毫相光、瑞毫相光、大瑞毫相光、玉毫相光、大玉毫相光、紫毫相光、大紫毫相光、青毫相光、大青毫相光、碧毫相光、大碧毫相光、紅毫相光、大紅毫相光、緑毫相光、大緑毫相光、金毫相光、大金毫相光、慶雲毫相光、大慶雲毫相光、千輪毫光、大千輪毫光、宝輪毫光、大宝輪毫光、日輪毫光、大日輪毫光、月輪毫光、大月輪毫光、宮殿毫光、大宮殿毫光、海雲毫光、大海雲毫光など

 世尊様はこのようなパワーをおこして、毫相光を放出されて、その後、神秘の声でさまざまな大衆、天龍八部、人非人などに向かって話されました。
「如来(私)が今日、トウ利天宮で地蔵菩薩があの人間界と天国の利益になるようにして、不可思議(神秘的)なことや神々しい因縁の道を超越し、十地を授かっているので、最期は阿耨多羅三藐三菩提から下がらないことをとても高く讃嘆しているのだ。」

この説法をする時、この会の中にいるひとりの菩薩摩訶薩がいらっしゃったのですが、その名前を観世音菩薩といい、深い愛情をお持ちでした。座った席から立ち上がってから、跪いて、手を合わせ、お釈迦様に申し上げました。
「世尊様よ、この地蔵菩薩摩訶薩は大きな慈悲を身につけて、罪苦の生命たちをかわいそうに思って、千万億世界で千万億の身体に化身して出現されているので、その功徳及び不可思議な威信力を私は前から聞いておりました。
世尊様は十方の限りないさまざまな如来と一緒に異口同音に地蔵菩薩を讃嘆しながら、説法され、すぐに過去と現在と未来の全ての如来様がその功徳を説明してもそれでも全てを話しきることができず、さらに前回も世尊様は大衆に説法しました。地蔵菩薩が身につけた功徳などに対してとても高く讃嘆を惜しまないことを皆に見せてくれました。
 世尊様よ、願わくは現在と未来の一切の生命たちのために地蔵菩薩の不可思議な力を説法されたので、その説法を聞いている天龍八部たちを敬ってお祈りして、福の種を授かるようにしてください。」

お釈迦様は観世音菩薩様に言われました。
「あなたは娑婆世界で大きな因縁があって、もし天国かあるいは龍か男性でも女性でも神でも鬼でもさらには六道の罪苦の生命たちまでも、あなたの名前を聞いたり、あなたの姿を見たり、あなたに帰依して、あなたを考える人やさらにはあなたを讃嘆するようなさまざまな生命たちがいれば、その生命たちは皆、限りなく神々しい悟りで必ず後ろに退かないで、いつも人間界や天国に生まれて神秘の幸せを身につけ、幸せを極めて、因果が将来成熟することを待ち如来の授記(未来の予言)を受けることができる。そしてあなたが今大きな慈悲で生命たちと天龍八部たちを可哀そうに思って、私に地蔵菩薩の神秘的な利益について説明を聞きたいと言ったで、私が今から説明するのでよく聞いていなさい。」

観世音菩薩は申し上げました。
「そのとおりです。世尊様よ、聞きたいと思います。」

私たちみんなが今まで生きているのは前世で蒔いた福の種を使っているからなのです。これからの未来のために今度は福の種を私たちそれぞれ皆が蒔く番です。家や宝石、財宝、全てのさまざまな料理、素晴らしいお香、お花、衣服を捧げるような大きな慈悲の心をもって御地蔵様にお祈りをして供養しましょう。今現実的には苦しくて厳しい世界なので、そのような宝があってもなくても、心をもって捧げることが、本当は大切なのです。

チャンオムヨムブル(荘厳念仏)

サンダンジョンヤジァムオン
チョクジョクヨヨボンジャヨン
ハサソプンドンリミャ
イルソンハンアンヨジャンチョン
ナムアミタブル

【意味】
山の中にある小さなお堂で静かな夜に座禅して言葉もなく無口でいると
静寂で穏やかに本来の自然なのだ。
なぜか西から風が起きて、林を揺らし、
鳴いている声は渡り鳥が一羽空で泣いているのか
南無阿弥陀仏






お釈迦様は観世音菩薩に言われました。
「未来と現在の全ての世界の中で天国と人間界で天人と人間たちが天国の福が尽きて、五種類の衰えた姿を現すことになります。そして悪道に落ちることになった人たちを見たり、天人の男女が衰えた姿を見たりすれば、その本人たちが地蔵菩薩の姿にお目にかかり、あるいは地蔵菩薩の名前を聞き、一回敬い見て、一回お祈りすれば、このあらゆる天国の天人は天国の福が加わり大きな快楽を受けることになり、道が三悪道(動物、餓鬼、地獄界)に落ちることはなくなるのだ。

 そして、なぜむしろ地蔵菩薩の姿にお目にかかり、その名前を聞いて、さまざまなお線香やお花、衣服、料理、宝石、財宝を持って、布施をしてお祈りをして、供養するのだろうか。この人は授かる功徳と福の種(幸せ)は限りなく永遠に続く事になるからなのだ。
観世音菩薩よ、たとえ現在・未来のさまざまな世界の中で六道の生命が寿命を終える時に、地蔵菩薩の名前を聞かせ、一声でも耳で聞き流せたとしたら、このすべての生命が限りなく、三悪道の苦痛を経験しなくなる。まして命が終わるときに親と親族がこの臨終する人の家と財産、宝、衣服などを持って地蔵菩薩の姿をつくるか、仏画を描くか、あるいは病気の人の息がもうなくなりそうになっている時、地蔵菩薩の姿を目で見て、耳で聞かせるか、素晴らしい悟りをわかっている親族たちが家と財産などを持って、その人自身のために、地蔵菩薩の姿をつくるか、佛画を描かせたら、この人に知らせてその臨終する人に直接に目で見て、耳で聞かせれば、その人はカルマの報いで重病を受けていることが当然なのだけれども、この功徳を受けたので、病気が治り、寿命がもっと長くなるのだ。しかし、この人がたとえこのカルマの報いで寿命が尽きて、その間の全ての罪業障で当然悪道に落ちたとしても、この功徳のために亡くなった後でも全ての罪業障が全て消滅することになるのだ。そしてすぐ人間界か天国に生まれ変わるようになって勝妙(不思議な)で、最上の喜びを受けることになるのだ」


(つづく)



 

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