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●優しいお地蔵様の前世(14)〜霊験録1〜(2009.3.1)

 

地蔵菩薩の信仰霊験録1

(第1)閻羅庁で会った地蔵菩薩

 唐の国、オン州にあるウン(雲におおざと)縣の土地の李婦人は信仰心が深くて、お釈迦様の仏法を奉り、誠意を尽くしている方でした。いつも斎日(仏教でのよい日)を守り、修行が他の人より秀でていたので、家に木で彫った一尺六寸くらいのサイズの地蔵菩薩をまつってからは不思議なことがよく起こりました。
 李婦人は50歳にはなったひとりのお手伝いさん(下賤)がいました。その人は心がずるくて、正しくない性格、錯覚をする人で、仏法、因果応報を信じないので、自分の主人が仏法を信じることはふさわしくないと考えていました。ある日李婦人が出かけた間を利用して、地蔵菩薩の仏像を家の前にある山の下の森の中に捨てて来ました。
 李婦人が家に戻ってみると、地蔵菩薩像が見えないので、心配していたところに誰かが呼んでいるような感じがして、門の外に出てみると、前にある山の下の森の中で不思議な光明がさしているのが見えました。感じるところがあって、光明が光っている森に一生懸命走っていきました。命と同じくらいに大切に敬ってまつっていた地蔵菩薩の仏像がその森の中に横たわりながら、待っていたような姿で微笑んでいるように見えました。李婦人は涙と微笑みがまざって感動して地蔵菩薩の仏像をまた抱いて家にもって帰って、また奉って、誠意を込めて、鎮座させ、お祈りをして、お経を唱えながらまさかお手伝いさんがこのようなことをしたとは分からなかったのです。

 その時女のお手伝いさんが突然倒れて意識不明になったのを見つけて、すぐにさまざまな方法で助けたら、しばらくした後に意識が戻って、号泣して喋り出しました。
「死ぬ程の悪い罪を犯しました。許してください。私が少し前に誰かに捕まって意識を失って連れて行かれたのですが、到着した場所が冥府だったのです。そこでは馬に乗って管理する人たちが名簿を読んで、『お前は聖像を侮辱して、重い罪を犯したので、拘束されて、閻魔大王の前で審判を受け、当然地獄に捕まって入れられて、大きな苦痛を受けることになるのだ』と言いました。その時ひとりのお坊さんが、その場所に現れて言いました『この人は私たち信者の家で仕事をする手伝いなので、たとえ私の姿を見たくないからといって、持って行って捨ててしまったとしても、私はこの人を捨てることができません。願わくは閻魔大王よ、この人をかわいそうに思って、元のところで生き返らせてあげることをお願いします。』と言われました。それなので、閻魔大王はすぐに私を放免していただき、私はその言葉を聞いて、すぐに私が悪い事をしたと深く反省しました。私は仏様を好きではなかったのですが、地蔵菩薩を持って捨てたことを骨が痛むほど、胸が痛くて辛い懺悔をして、その場所で手を合わせて土下座して「南無地蔵菩薩様」と言って、大きな声で唱えながら、反省しました。それなので、その場所、冥府にいた罪人たちの身体を縛っていた鎖が地蔵菩薩を呼ぶ声の聞こえる場所まで全部はずれてしまったのです(罪がなくなったということ)。そしてお坊さんは、私の手を引っ張って、閻羅庁からたった今出てきてところで、いなくなってしまいました。奥方よ、私が間違っていました。許してください。」
 女のお手伝いさんは続いて涙を流しながら、李婦人の前で土下座して、起き上がるのを忘れるほどでした。李婦人はその人を落ち着かせて慰めて、地蔵菩薩の前でお祈りをしながら、懺悔をさせました

 この真実が伝わった人々は仏法の神秘の霊験(体験)に驚き、大きく信仰心をおこして、お釈迦様の法を敬って地蔵菩薩の信仰心を高めて大切にしました。李婦人とその女のお手伝いさんの信仰心は前よりもさらに何倍も深くなりました。

 

(第2)父親を助けて天国に生まれ変るように導いた

 唐の国撫州の土地に住んでいる曹少女がいました。その少女はお釈迦様に帰依して地蔵菩薩の前にこの上ない誠意でお経を唱えていました。少女は撫州刺史(州の長官)の嫁になった後からは地蔵菩薩を敬う心がさらに倍にこの上なく強くなりました。その少女の夫の両親たちは信仰心が一切なかったので、曹さんはその両親のために自分が持っていっていた宝石を全部売って、地蔵菩薩の仏像をつくることにしました。高さは1mほどで黄金の光明が輝く黄金の色に衣服を塗りました。そして奉り、朝と夜にかけてこの上ない心で敬ってお祈りをしながら、供養して一生懸命お経を唱えました。

その後、しばらくして義父は用があって出かけました。その家に夜中、泥棒が入りました。泥棒は家の中を偵察していました。
 泥棒は寝室の窓と窓の隙間から静かに近づいて覗いて見たら、黄金の光が輝いている一人の地蔵菩薩が座っていらっしゃいました。泥棒はそれを見て、驚いて泥棒する気持ちをやめて囲いを乗り越えて、帰って行きました。その次の日泥棒は立派な服を着て、その家にもう一度確認しに行ってみましたが、義母が一人でいらっしゃるだけで、夜見た地蔵菩薩の聖像は探しても見つかりませんでした。泥棒はさらにおかしいなと考えました。
 必ずこの家は聖人が見守っていらっしゃる家だと感じて、今までの泥棒自身の過去のことや家にいた金色のお地蔵様のことを家の人に全部話し、本心で懺悔して、敬って挨拶をし、帰っていきました。

 そのことがあった後にまた曹さんの義父が旅をして歩いている道の途中で偶然に過去の仇をもった相手と出会いました。その相手は恨みをまだなくさず残っていたので、有無を言わせず刀を抜いて、構え「よくぞ、出会えた」と言いながら、襲い掛かかってきました。曹さんの義父は慌てて、どうするかわからずいたのですが、いきなりその前に黄金の色の服を着たお坊さんがひとり現れました。その相手が上から刀をふり下ろしたその刀をお坊さんが立ちふさがって食い止めました。その仇の相手は何回でも刀を振り回したので、そのお坊さんについに刀が刺さってしまいました。お坊さんの頭に刀が当たり、地面に倒れたので、恨みが晴れたかのように、仇の相手は去って行ってしまいました。仇の相手の目にはお坊さんが義理の父親に見えたのでした。義理の父親はその仇が行ってしまった後、まるで夢から目が覚めたようになり、気持ちが落ち着いて周りを見渡したのですが、倒れて死んだお坊さんは見つからないし、血一滴も見つかりませんでした。あまりにも驚いて、不思議だったので、その父親は歩く道を止まってそのまますぐお経の上手な自分の義理の娘に会いに行ってこの日にあった内容を娘に話しました。そして義父とその娘の二人は娘の家にまつってある地蔵菩薩の前に行って仏像を静かに注意して調べたら、地蔵菩薩の頭に3箇所、刀が当たったような傷が見え、金色の光も変わって見えました。父親と娘は地蔵菩薩の前にひれ伏して「地蔵菩薩様よ、危ないときに現れて、代わりに命を助けてくださって過去の仇の恨みを晴らしてくださったことを深く感謝しています。」と、頭を地面にこすりつけました。このことがあった後から義理の両親達は信仰心をおこして、一生懸命お経を唱えて、地蔵菩薩の信者になりました。

 その後、曹婦人の義理の父は79歳で世界での寿命を終えました。死んだ後、35日が過ぎて、娘(嫁)が夢の中で父親の姿が黄金の光明で輝かしく光って、虚空を自由に飛びまわっていました。あまりにも嬉しくて、神秘的だったので、曹さんは義理の父親に向かって大きな声をあげました。
「お父さん、どこに行きますか?」
 その父親は近くに来て娘に穏やかな声で言われました。「私はこれから第四天で同事補処に行く途中だ。私は私ひとりだけじゃなく天国に生まれ変る人々は全てが地蔵菩薩の功徳の力を授かっていくのだ。お前も地蔵菩薩をこれからもっとさらによく敬いなさい。お前の母は13年を越えて、肉体が死んだら、今私がいる所に生まれ変る。お前は25年後に来ることになるんだ。お前の夫は28年後その場所にくることになるんだ。皆が元気で、幸せになりますように。」
 この話が終わった途端に、父親の現れた姿が消えてしまい、その後で曹さんの母親と、曹さん自身、そして曹さんの夫は、父親が言われ教えた通りに亡くなりました。その後から撫州その場所で地蔵菩薩の仏像と仏画がつくられ、家に奉り、お祈りしながら、供養をする人たちがたくさん増えて、神力を授かる人たちもさらにたくさん増えました。

 

(第3) 説法を敬ってもう一度生き返った

  唐の国で鐘山の開善寺の地蔵菩薩の姿にまつわる話です。この地蔵菩薩は高く三尺あり、その姿の周りには大きな光明が出ていて、背光が四尺、五尺くらい照らし出していると言われていました。そして、開善寺にいた楊州のトドクケ宗が、歳は61歳になった年に、軽い病気で寝たきりになり、突然死んでしまいました。その家族たちはとても急なことだったので、さらに胸が温かいのでお棺に入れることができなくて、そのままおいておきました。それなので、一日を過ぎた次の夜中にはまるで寝ていた人が目を覚ましたかのように再び生き返りました。その後、言葉がなく悲しく慟哭しながら、やがて子供たちに口を開けて「私を開善寺に連れて行ってください」とだけ言い、他の言葉は何もありませんでした。開善寺に到着したトドクさんは無口になって地蔵菩薩の仏像の前に出て、一回見上げて、ひれ伏し、涙を流して、しばらくの間泣き、その後さらにまた繰り返して敬う心でずっと見つめて、お祈りをした後、やがて周りの人たちに口を開き、言葉を話し始めました。
「私が死んだとき、四品の官職に就いているように見える官人が来て、私を引っ張っていきました。ついに到着した場所が閻魔大王の前だったのです。閻魔大王は私を見ながら言われました。『お前はまだ死ぬときが先で、遠い話なので、また人間の世界に戻りなさい。そしてお釈迦様の法を敬うことで、お前の家の事業をしなさい。この地獄というところは世界の人々がたくさん来る場所なのだが、世界の人々としては全くわかっていないので、お前が地獄を一度見学しに行かないか?(地獄にはたくさん人が来ているので、地獄がどんなところかお知らせして欲しいという意味。)お前が戻ってきて、地獄の場所はやっぱり恐ろしくて怖い場所だということを世界の人々に教えてあげればよいのだ。管理する者について、東北の方角に3〜6里(キロ)を歩いていけば、そこには鉄でできた大きな城があるのだが、鉄の扉ががっしりと閉まっていて、城の中に足を踏みいれれば、激しい炎が上がっていき、鉄が溶けた液体が川のように流れていました。その中では詳しく観察してみて、数を数えきる事ができないほどの人々が苦痛を受けていました。
それなので、片側を見ると、激しい炎をかき分けて、苦痛を受けている人々を慰めて教えていらっしゃるお坊さんが見えました。おかしいなと思いましたが、不思議にもそのお坊さんが行かれる場所はすぐに火の花(炎)がやむことになりました。私はこれから続いて進みながら、地獄の見学をしていたのですが、一つの城に到着したので、その中にはさらに恐ろしい地獄があり、18にもなる大きな地獄で苦痛を受ける姿をどうしても見ていることが辛くてできない。ここでもまた、さきほどのお坊さんが見えたのですが、炎をやむようにさせて、罪人たちを教えることはさきほどと同じでした。私がどうしても観ることのできない地獄のさまざまな光景たちをひとつひとつ見学して戻ってくる時、そのお坊さんも地獄から出ていらっしゃって、私に言葉をかけました。
「お前は私を知っているか?」
私は事実のまま「よく知りません」と言ったので、お坊さんはこのようにおっしゃいました。

お地蔵様にまつわる体験談を世の中の人々に一生懸命広く知らせて、皆が功徳できるように。あまり深く迷っても、死んだ後は後悔できないので、気力があるうちに悟りを開く道を磨いて、神秘の奇跡をおこしましょう。

 

チャンオムヨムブル(荘厳念仏)

チョンサンチョプチョプミタグル
チャンヘマンマンジョクミョルグン
ムルムルヨムレムガエ
キガンソンジョンハクドゥホン
ナムアミタブル

【意味】
遠く深い山奥にある青い山は阿弥陀仏の国(極楽)
広々として果てしがなくなってしまう城が
水と水を捕まえて引っ張ることにためらいがないのだ。
松の木の中にある小さいお堂に鶴の頭が赤くなっているのが何度も見えた。
南無阿弥陀仏


解説:

欲張って砂の上に素晴らしい建物(城)をつくって宝をたくさん入れても、嵐や大雨が降って、一瞬でその家は飛ばされてなくなります。私たち皆が永遠に続かない世界の中で一生懸命貯えて、土地を買ったり、家をつくったり、さまざまなものを持ったとしても身体は100年は持ちません。なので、人に迷惑をかけながら、欲張って人の命をとったり、人を邪魔したり、傷つけたりすることまでして、一瞬にして消えてしまう砂の上の建物をなぜ建てるのでしょうか。苦しい人々を助けてサポートすることでこそ、魂が磨かれて福の種になり永遠に続く幸せになる道なのです。



「私は開善寺にいる地蔵菩薩だ。昔、智満法師(説法をする先生)が三道(畜生道、餓鬼道、地獄道)で苦痛を受けている生命たちを救い出すために私の姿をつくって、まつったので、私が智満僧侶の願いを聞き入れて、毎日1回ずつ地獄にまで通いながら、苦痛を受ける人々を教えているのだ。このような中で見てみると地獄の中にもあるいは善の見込みが残っている善良な心が強くある者は私の言葉を一回ですぐに心をおこし、理解して、反省し、地獄の苦痛から抜け出し、よこしまな考えだけ多い者は苦痛を抜け出すことが難しいのだ。その中で善の見込みが弱い者はむしろ教えやすいのだ。一回でも地獄に落ちたならば、なかなか功徳することがとても大変なのだ。それなのに、世間で悪い罪の力だけ増える人々は自分の過ちを認めることをわからず、さまざまな苦痛を受ける日課から抜け出ることだけを待っているので、このことがなぜ悲しくないのだろうか。世界で生きながら善根のある人は自分の過ちを後悔する心を出すのだ。お前はお釈迦様の法の力を授かって世界の人々が地獄の苦痛を受けないように教えてあげて、努力していきなさい。急いで人間界に行ってさまざまな人々にこのわけを伝えていきなさい。」
この言葉を頷いて聞いて、お坊さんを見上げたら今までのお坊さんの姿はとても大きかったのにもかかわらず、いつの間にか小さくなり、背は三尺くらいに見えて、おでこには明るい光明が出ていて目は際立って輝いていました。私が恭しくお祈りをして、後ろを振り返る途中でお坊さんはこのような一句を話されました。

人間の世界にいても修行をすることができる
全ての善根がない人も心をおこせば誰でもできる
悪道に落ちてカルマが実ったら
悟りの心を出すことができず、救うことが難しいのだ。
年をとって、体力がない人たちが道を歩きたいとき
腕や足をサポートしてもらえば歩くことができる。
寝たりきりで動く事が出来なければどうしようもない。
人々がつくったことは正しい行いもそれとおなじだ。」

お坊さんはこの詩をお話されて、どこかに行ってしまい、消えてしまいました。私はその時からそのお坊さんがお話してくださった言葉を忘れるか不安で、それだけを考えたので誰にでも話さず今まで来て今ここで地蔵菩薩様の姿を敬ってお目にかかり、地獄で出会ったのと同じように、その時にお話されたことをはっきりと思い出しました。」
この言葉を聞いた開善寺のお坊さん達とその場所に一緒にいた人々は皆が驚き、神秘に思って、また何回も地蔵菩薩を仰ぎ見ていました。それなので、信心深く深く、手先が器用な画工(絵師)を呼んで、前からまつっていた地蔵菩薩の仏画と同じようにもう一度描くようにさせて、前の仏画と一緒にそのまま祀りました。

(つづく)

 

 

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