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●優しいお地蔵様の前世(16)〜霊験録3〜(2009.3.3)

地蔵菩薩の信仰霊験録3

(第8)ご先祖様が帰依した恩恵

 荊州の土地でひとりの侍がいたのですが、その人の名前は伝わっていません。勉強をするよりむしろ狩を生業としている狩の侍でした。その人は別名だけが伝わっているのですが、別名は鴈雄(アンウン:鴈の英雄)ということからある程度、推測できます。狩を楽しみながらどうにかこうにか50歳になり、熱病を患って死んでしまったのですが、3日目にその人が生き返ってきた時の言葉は本当に驚くべきことでした。
「私は病気を患っていたのだが、誰かが私のそばに来てむやみやたらに、さぁいこうと棒で叩くのです。それから何個もの大きな窓が下がる家を通り過ぎ、閻魔大王の前にひざまずいて座ったのです。

 そこではイノシシ、ノロジカ、ウサギ、キジ、それ以外のあらゆる鳥たちが数千匹も集まっていました。さらに鴈も何匹かいました。それであの野生の動物たちは一斉に首をのばして目玉をぎょろつかせながら私をうかがってみていました。そこで一斉に閻魔大王に何かを訴えていました。私はその動物たちが話している言葉の全てを人間の言葉のようにありありと理解することができました。

「大王様、あの野郎は私たちを殺して、私たちの子供を殺した鴈雄なのです。あの野郎を厳しく罰してください」と言いました。大王がその言葉を聞いて言った言葉が「お前達の言うことは当たっている。鴈雄は間違いなく悪い人間だ。しかし、ひとりのその祖父が地蔵菩薩様に帰依されているのだ。それなので、私としては鴈雄がその人の孫であることを知っている以上、苦痛を免れるようにするしかないのだ。」と言いました。私は急に気がつきました。動く事ができずにもう地獄に行くより他はないと思っていたが、地蔵菩薩様の功徳で生き返ることができました。私は感激して一心で地蔵菩薩を声高に呼びました。それなので、意外にも野原の中にいたあらゆる動物たちが、すぐ人間の姿に変身しました。そして、閻魔大王が私を逃がしながら
「さあ、家に帰れ」という言葉を聞き、すぐに戻ってきたのです。」

 このことがあった後から鴈雄の生活は一変しました。自称「私はお釈迦様の下僕だ」と言いながら四方を歩き回りながらお釈迦様を讃嘆しました。そして、あらゆる人々に死んで生き返った経緯を話しながら、地蔵菩薩を一心に考える事を勧めて回ったのでした。

 

(第9) 霊がとり憑いた女性が僧侶になった

 宋の国、寮城郷里は戸数が2千余りの戸になっていたのですが、皆は信心がとても厚くありました。だいたい、観音菩薩と地蔵菩薩のふたりの菩薩を信仰していて、観音経と地蔵菩薩十輪経を尊重していました。

 宋の国で太宗、太平年(西暦976年)に伝染病が大きく蔓延して、死ぬ人が多かったのですが、これを心配する城主が地蔵菩薩にお祈りをして、地蔵菩薩の尊像に光が放たれて、その光明は全城内を伸びて広がり、病人たちが治って、死んで捨てられた者がまた生き返ることがありました。そして、全城内にお経を唱える声がいっぱいにあふれるようになりました。

 そのときにあったことです。霊がとり憑いたひとりの女性がいたのですが、その人は仏法を信じていなく、病気で亡くなりました。一日が過ぎて次の日の朝にまた生き返ったのですが、まっすぐお寺を訪れて地蔵菩薩の尊像の前にひれ伏して泣きながらお祈りをしました。そして不思議に思って集まって来た人たちに理由を話し始めました。

「みなさんがご存知のことのように、私は真実の人ではないのです。私が今回死んで悪鬼に縛られながらたくさんの苦痛を受けたのですが、私が仕える神様にお願いを請い、平身低頭して哀願してみたのですが、神様は悪鬼の前でなんの言葉も言う事がありませんでした。私が大きな苦痛を受けていた時に、たまたまひとりのお坊さんが現れたのですが、悪鬼に縄をほどくように言葉をかけていました。そして私におっしゃった言葉は「お前は本当に愚か者だなぁ。お釈迦様を信じることなく、またなぜ神を信じるというのだろう。私は大きい寺にいる地蔵菩薩だ。城主の頼みを聞いて城内の人々を助けていたが、今お前と出会ったので、助けてあげたのだ。お前は家に帰ってすぐに信仰心をおこしなさい。鬼神は自分の罪のカルマを受ける姿なので、他の人をなぜ助けるようなことができるのだろうか。帰ったらすぐに東の方にいる人にこの話を伝えなさい」と言いました。私はここの地蔵菩薩のご恩で生き返ることができたのです。」
その後、霊がとり憑いた女性は出家し僧侶になりました。

 

(第10)餓鬼が天国に生まれた

 宋の国楊州刺史における張健信(チャンゴンシン)の家の中の話です。その人は娘を一人おいたまま妻に死なれたのですが、その娘は母を考え、すこしでも忘れずに悲しんでいた。
ある日、張さんの娘の夢に母が訪れ、娘に話かけました。
「私が世間で生きて、お前を生み育てる時、私の親戚の権力だけを信じて、傲慢な心がとてもひどくありました。また貪欲な心がとてもひどくあったので、私は死んだ後すぐ餓鬼界の報いを受けたのです。

暗い地獄に落ちた苦しい生命たちや母を助けて、灯りをともして、導いていく姿。次は天国に生まれ変るように閻魔大王にお願いしに行く途中です。

 

チャンオムヨムブル(荘厳念仏)

ボファビジンヨマンヨン
ポプシンチョンジョンゴァンムビョン
チョンガンユスチョンガンウォル
マンリムウンマンリチョン
ナムアミタブル

【意味】
報身と化身は本物ではなく、最期には幻になる因縁なのだ。
法身は清浄であり広く果てしがないのだ。
千の川に水があるので、千の川に月がうつっているのだ。
万里の雲がないので万里の空が明るく見えるのだ
南無阿弥陀仏


解説:
人間の身体は永遠に続かないのです。本物でもありません。全てなくなるので、執着する必要がありません。悟りを開くためには執着する心は欲の心であり、すべてが邪魔になります。永遠に続かないものは邪魔なのです。お釈迦様の身体はすでにありませんが、お釈迦様の説法だけは今でもこの世の中に残っているのと同じです。説法は真理の言葉です。 人の心に欲が深ければ暗い夜や雲がかかった空と同じで、遠くまで見通すことはできません。目の前のことだけしか見えないのです。邪魔がなければ晴れた空のように明るく、万里よりも遠くまで見ることができるのです。



 餓鬼の苦痛は言葉で表現できないくらいなのです。夜も昼も殺されて生かされる苦痛が繰返しあって、飢えておなかが空いて内臓がよじれるくらいです。一ヶ月に一回でもおながか満たされることが難しいのです。ただし、24日明け方ならあるお坊さんが餓鬼の世界の中に入ってきて、食べ物を配ってあげるので、その時は少しおなかが空くことを忘れるのです。調べてみると、餓鬼達に食べ物を配り、食べさせるお坊さんは地蔵菩薩でした。地蔵菩薩は食べ物を配るときには「お前達は当然菩提心をおこしなさい。私は地蔵菩薩なのだ。」とおっしゃいました。私はこの言葉を聞いたのですが、とてもひどい貪欲な心に縛られてしまっていたので、心をおこすことができず、ひどい苦痛を経験していたのです。娘よ、お前が私を助けたいならば、地蔵菩薩様に供養して捧げなさい。私のために必ず地蔵菩薩様の仏像をつくって、祀って、拝みながら供養してくれることを願っています。」

夢から覚めた後、張氏の娘はもっている財産を集め、売って、地蔵菩薩の仏像を作ったのです。その次に一生懸命に拝みながら供養をして、お祈りを怠けることはありませんでした。

  このことで、しばらくして、張氏の娘の家に母が訪れました。今回は体に美しい衣服を身にまとい、全身から輝く光明を出して、虚空を自由に歩いて降りてきて言いました。
「善良だなぁ。私の娘よ、お前が善良な功徳をつくってくれて、その功徳で今私が天国へ行って生まれ変ることができたのだ。お前はこれからもさらに誠意をもった心で拝みながら供養しなさい。お前と私は将来、弥勒菩薩がいらっしゃる天国に一緒に生まれることになり、さらにお釈迦様とお目にかかり、説法を聞くことができるのだ。」

夢から覚めて張氏の娘は出会った人で話すこともないような、知り合い、知り合いでない人にも歩き回ってこの事実を広めて行きました。

(おわり)

 

 

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