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●シッダールタの孤独 (2009.9.5) 

第1編 お釈迦様の出現

第2章 お釈迦様の誕生

第2節<シッダールタ>の孤独

1.<シッダールタ>太子はとても聡明で、才気に溢れ、さらに優しかった。7歳になった時に国で一番の高名な<バダラニ>と<ビサディッダラ>というふたりの「ブラフマン」学者を先生として招いて、声明(文章・文法・文学)・因明(論理学)・内明(宗教・哲学的なこと)・医方明(医術・薬学)・工巧明(工業・技術)などを勉強して、さらに<チャンディデバ>を先生として、刀の使い方・弓の使い方・馬の乗り方・兵士の扱う方法など29種類の武術にすべて精通した。16歳になった年にはすべての<シャカ>族の弟子達と武術の競技をして、神秘的な技術をみせて国の人を驚かせた。

 このように文武、芸術に精通してさらに智慧と聡明と霊感・透視力と徳行がすべてに秀でていたので、その名声がどの国にも知れ渡った。

2.<シュドーダナ>太子が10余歳になった時のことです。太子のいとこにあたる<デーバダッタ>が自分の丘に遊びに行こうとしたのだが、空を飛んでいるカモメを弓で撃って<シッダールタ>太子の丘に落ちていくのをみて、太子はその生命をかわいそうに思い、すぐにその矢を抜き、薬をぬり、くるんであげて、<デーバダッタ>が自分の弓を撃って落ちたカモメを返してくれと催促したのだけれどもついには返してあげることはなかった。(このいとこのデーバダッタとは後に一生のお釈迦様の邪魔となる)

3.春に農業の季節になった。<シュドーダナ>は太子とそのすべての<釈迦>族の童子たちと一緒に田んぼに出て、百姓たちが畑にいる光景を見物した。その時、青白い顔をした農夫たちがすきの刃先をつけた牛を追い、地面を耕し、牛を鞭打ちながら土を耕し、ひっくり返しているときに、そのすきの刃に引き裂かれ傷つき、息が絶えた土の中の虫たちをカラスとカササギが素早く飛んできてついばんで食べるのを見て、大きく驚いて思い、太子はひとり木の下で静かに座り、考えた。「すべての生命たちは全部同じ様に自分が生きるために世の中で生まれたはずなのに、なぜ国王は百姓をこき使い、農業をする百姓は牛をこき使い、弱い生命は畑にあるクワで引き裂かれ、さらに素早く、力が強い鳥達についばまれて……このことはありえないことだ。」
そしてしばし考えにふけて、立ち上がる気も失せてしまった。

4.このように太子は鳥達・這う虫たちにもひとつの生命としてのその尊厳と存在を大切に観察し、人生の生まれ、死ぬことの問題にまで深く掘り下げ、入っていきはじめた。

5.その時<シュドーダナ>は太子が世俗の娯楽に関心がなく、深く瞑想に入っていくっことを好むのを見て、<アシタ>仙人の予言が思い出され、太子は将来世俗を捨てるのではないかと心配した。そして太子のために夏にはひんやりとし、冬には温かく、春・秋には寒くも暑くもない3種類の別殿(三時殿)を建て、季節によって居所とし、華々しい丘・清潔な自然の景色にh花瑤草(きかようそう)で、珍禽怪獣として絢爛に飾り、香の湯に入り、財宝と福と金・玉・真珠で飾らせてあげ、たくさんの美しい少女を引き抜き、集めさせて、歌と踊り・音楽を楽しませた。しかし太子はそのような娯楽に心動かされることはなかった。

6.太子の歳が15歳になった年の春には<カンガー>川の水でその額を洗い、太子を封じる儀式を催した。

 17歳になった年には<天肱城(チョンビソン)>の<善覚王>のお嬢さんである<ヤショーダラー>姫を選択し、太子姫として結婚させた。

 王はまたたくさんの宮女たちに太子を示威させて、歌と踊り、さまざまな技芸、遊戯を夜も昼もして太子を楽しくさせたのだ。しかし太子は深く部屋にひとり座り、瞑想にふけいった。宮女たちは<シッダールタ>太子は夫婦の道を知らないと<シュッドーダナ>に報告するので、王はさらに心配したのだ。

7.春になった。太子は長い間宮中に閉じこもることが鬱積して、田んぼに出て見物したいと言った。この意味を知った<シュドーダナ>は家来たちに命令し<カピラ>城のそこここをきれいに掃除させ、道を磨き、散歩する丘に花を敷き詰め、匂いを漂わせ、美しく飾らせた。そして聡明な家来につかせて出ていかせたのだ。太子は城の東の門に出て行って、野原に向かって行った。その時、道端で白髪で、足には青い柳の枝が結ばれ、顔にはしみがあり、矢のように曲がっている腰を杖で支えて歩いている老人に出会った。それを見てもとても縁起がよいものにはみえなかった。「これは年取った人……人は年をとれば皆あのような姿になることに……」太子はそれを見て、深く瞑想して馬車を引き換えして戻って来た。

8.その次に太子はふたたびあらゆる家来たちと一緒に宮中の南の門に出て行って田んぼで風に吹かれている時一人の人で皮膚は乾き、くっついて、骨だけでみすぼらしい姿で、お腹は太鼓の胴のようにふくれあがり、息を詰まらせながら、金切り声で、道の汚い地面に倒れて「わたしを起こしてください。」となきわめく病人に出会った。「人は老いて病気などすればみんなあんな風になってしまうのです。」と家来が申し上げた。太子の胸はさらに不安になった。

9.その次の太子はまた城の西側の大きな門から出て外で散歩をしていた。すると死体の棺を上に乗せた御輿を4人がかついで進んでいたのだが、次男と親族がその後ろについて行きながら、胸を叩き、泣き叫び、あるいは寺にいくまでやたらにふらふらとし、あるいは泥とほこりの上に転がり、むせび、泣きわめき、凄惨な光景を見せていた。「金持ちの人でも、貧乏な人でも、賢くても、愚かな人でもみんな同じく死ねばあんな風になってしまうのだ」ということだった。これを見た太子の心はさらに不安になるしかなく、世界で心を落ち着ける場所はないのではないかと思った。

10.これを見た太子は宮中に帰ってきて、この時間瞑想にふけった。道である出家した「サマナ(沙門=修行する人)」に出会った。その人は頭を剃り、右の手には長い杖を、左の手に僧侶の木でできた器をつかみ、なにも縛られる事がないような晴れた空を眺め、悠々と歩いていた。「これは出家をして修行をしているサマナ(お坊さん)です」と家来は申し上げた。『なぜ家を出て、その人がしていることはなんだ?』と太子は聞いた。『この世のすべてのことは時々刻々と変化しています。人は生まれ歳をとり、病気になり、死に、世界はこのように成り、壊れ…私はこれを見て世俗のすべてのこと――家や、財産、名声、権力をすべて捨てて家を出て、その生まれて死ぬことから抜け出す悟りを磨いているのです』と「サマナ」は話した。太子はこの言葉を聞いて馬車から降りて、頭を下げ敬礼した。(このことはあの<浄居天>が4種類の模様(4つの門で出会う生老病死の姿)を表したともいわれている)

 

 

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