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●6年の苦行 (2009.9.7) 

第1編 お釈迦様の出現

第3章 悟りを求める

第3節 6年の苦行

1.全ての苦行者とさらに禅定を磨く僧たちと「水」と「火」、さらに「海」と「月」・「天神」たちをあがめる教徒たちを探してみても、それはすべて本当の「解脱」の法である「ニルバーナ」の悟りではないことを知ることができた<シッダールタ>太子はひとり考えた。

「この世界で真正な悟りを授かる者はいない。この悟りは私が自ら判断することなのだ。人を探して授かるようなものではない。世の人は愛欲・煩悩に頓着しなければ「邪見」と「我執」に束縛されるのだ。全て「邪見」と「我執」をなくし、また愛欲・煩悩の根を抜き取り、悟りが現れ、死から抜け出すか最も高い正覚を成し遂げることはひたすら私がなすべきことなのだ」
と決意し、<マガダ>国の西側にある<ナーランジャナー(泥連禅河>の東側<カヤー>城に向かって<カヤー>山を登っていった。この山は昔たくさんの修行者達がいたところだ。

2.この山の上にある森の中の草原を居場所として、座り、太子は考えた。
「世の『サマナ』や『ブラフマン』たちが体と心を思うままにして、貪欲に苦しみ、煩悩についていきながら、どんな苦行を磨き、どんな悟りを得ることができるのだろう。まるで木をくべて火を求める人が、濡れた木を湿った土地の上にもって来て、それをくべて火をたくことを求めるのと同じことだ。貪欲と煩悩に苦しみながら苦行を磨くこともそれと同じなのだ。

 もしサマナやブラフマンがその体と心をしっかりさせて、体が貪欲に引きずられず、五欲世界に愛着せず、すべての煩悩を消してその心が最も平穏になり、揺れ動かずに苦行を磨くならば、かならず世間で秀でた大きな智慧を授かることになるのだ。まるでそれは、火を求める人が乾いた木を乾いた土地においてともにまぜれば必ず火がおきることと同じなのだ。」

 と考えて、身体の思うがまませず、心は全ての貪欲と煩悩を消し去り、いつも静かに「禅定」にとどまりながら、そして全ての苦行者がいまだ経験した事のない苦行を磨く決心をした。

 その時に<カピラ>城では太子を連れて帰って来ようといったものの、誰もつれて帰ってこれなかった大臣と<チャンダカ>を見てまたさらに悲しみと心配にふけることになった。<シュッドーダナ>はまた<アニャータ・コーンタニャ><アッサジ><パッディヤー><マハーナーマ><パッパ>など5人を選び、彼らを送って太子のいる場所を探した。そして太子がこの<カヤー>山に定住していることを知って<シュドーダナ>は大臣と人馬を送り、食料や飲み物、衣服、住む都合などの全ての準備をしてそれを送ってあげた。けれども太子はそれをすべて拒絶した。

4.太子はこの時に、他の先生もなく、ひとりで悟りを磨き、「解脱の法」を授かろうとしたのだった。それは初めに全ての世俗の貪欲と執着・煩悩を終わらせ、なくそうとする「離欲行」と2番目にはひとつの心が動かない静寂な「禅定」と3つ目にこの体と心から沸き起こる苦の原因となる貪欲と執着心を投げ捨てるための苦行であった。

 このように離欲、静寂、苦行の3種類をあわせて磨く太子は外から見たらとある苦行をしている人であった。
 太子は森の中に静かに座り「禅定」を磨き、一日ご飯をひとさじとゴマをひとすくいだけ食べ、さらに一日は米を一粒、ごまを一粒ずつだけ口に置き、ただ飢えて座っていた。服は体をかろうじて覆う麻の服ひとつで、体を洗ったり、頭を剃ったりもしなかった。

 風が吹いたり雨がふったり冬でも夏でもひとつの姿でひとつの場所にいて、離れることはなかった。

5.このように1年、2年が過ぎ、皮膚の肉と血はすべてやせ細ってしまい、ただ紙のようにうすい皮膚が骨を巻いている人形のようになってしまった。

 手で体のホコリをはらえば、体の毛がやせて落ち、手で骨を触ろうとすればかろうじて背骨が触れるだけだった。乾いた木切れのようになって、座っていると、たきぎをとりにきた子供たちがヨモギの茎で鼻の穴も刺してみて、あるいは口と耳の穴も刺してみて、さらに泥とホコリをたててもみた。けれども太子は死んでいるように少しも動じなかった。

6.<カヤー>山で5年間苦行を磨き、そこで下りてきて、平地にたどりつき、<ウルベッラー>という池にすわり、東側に向かって<ナイランジャラー>川を眺めた。その川はうねって流れていたのだが、澄んでいて、清らかで両側の丘は平坦で、木の森が鬱蒼として、いろいろな色あり、花と果実が豊富で、湖の近くには村落がまばらにあり、家々が連なっていた。

 太子は一方の物静かな場所に行った。そんなに高くも低くもない場所に行って心身を休めようとした。昔の僧達が修行する場所であった。

 太子はこの場所でも全ての欲望と煩悩を消し去り、静かに「禅定」に入り、人の耐えることの難しい苦行を磨いたのだ。上下の歯を互いに噛み合わせ、舌を上あごに当てて、心を落ち着かせて、ひとつの考えに集中して、深く息をすること3回、ただ鼻と口をおさえて息をとめれば、二つの耳の穴から太鼓を叩くような音が聞こえ、また、全身に熱が出て、脇とおでこから汗が出てびっしょりとなった。

7.太子がこの苦行を磨いてから6年目になった年の春に、<シュドーダナ>は丘に出てきて、新しく芽吹いた木の葉っぱと伸びた枝や香りを出す花を見て、明るい日に鳥達がさえずる声を聞いた。
「あー私の息子<シッダルター>が私を捨てて、出て行ってからもう6年、このすばらしい丘の宮女や風流・快楽を捨ててあの虎、獅子、大蛇たちがうじゃうじゃいる森の中に入って行って…死んでいるのか生きているのか行方がわからなくなって長く経ったなぁ…。」
と行って、ため息をついていたのだ。

 その時に太子は<ウルベッラー>村に現れ、苦行をする時、あまりにも痩せすぎてしまい、気力が尽きて、地面に倒れて、また起き上がることができなかった。5人の弟子たちとまたそれを見た村人達は「今こそ太子が死ぬのだ」と悲しく思ったのだった。

 その時に<シュドーダナ>も不吉な予感がよぎって、大臣<ウダーイン>を呼んで、馬を走らせて、太子の居場所を探すように言った。

 太子は地面に倒れたまま、頭から足の先まで泥とほこりだらけになって、身体は肉が削れたように、皮膚に包まれた骨だけがごつごつとし、瞳は井戸の中に映った星の影のようであばら骨ははげた屋根の家の柱のようだった。これをみた<ウダーイン>は両手をあげて大きく叫んだ。

「あぁ、どうしてこんなことに!<シャカ>の王族の太子がどうしてこのようになってしまったのか?そのように端正で素晴らしい体が泥だらけになってしまって!」
と叫びながら、むせび泣いた。そして太子を無理やり背負って<カピラ>城に帰ろうとした。太子は

「<ウダーイン>よ、私の体がこの土地で、ぼろぼろになったとしても、私が誓いをたてた初めての決心を覆してはならないのだ。もし、私が悟りを得ずにこの場所で死ねば<ウダーイン>は私の死体を背負い<カピラ>城へ帰り『この人は最期まで精進した人だった。初めての決意をやめずに、大きな誓いをたてて、正しい心、正しい意味をもっていった人の死体だ』と話しなさい。」
と言った。<ウダーイン>は仕方なく、ひとりで帰った。

 

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