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●法輪を転がす (2009.9.8) 

第1編 お釈迦様の出現

第5章 法輪を転がす

第1節 3・7日の法悦

1.お釈迦様は「菩提」樹の下で、金剛坐の上に端正にカブ坐をして座ったまま、「定」の中で神秘の悟りの世界、終わりのない法悦の中にひたっていらっしゃった。すべての天国と天国のさまざまな神様たちは宝の山・財宝の花・瑞気の雲・花の雨で天国をあまねく包み、終わりのない光明が十方(東西南北の八方角と上下)の世界にあまねくひろがり、神秘の太鼓を鳴らして瑞光の中に、すべての天国と人間の世界では想像もできない解脱の世界の法楽を自ら受容したのだった。

 そしてこの「禅定三昧」の中で、「十二因縁」を下から上に、さらに上から下に観察もして、全ての法が因縁によって生まれ、因縁によって消滅する宇宙の真理をあますことなく身にしみて観察されたのだった。

 このようにこの「禅定」の中から7日間が過ぎた。(この禅定の中から十方世界の仏・菩薩が現れて大きな法会を催して≪華厳経≫を説法したのだった)

 7日を過ぎた後に体をおこし<マリジ>経行処にたどりつくと、さらに「禅定」に入られ、限りのない法悦の中でまた7日間を過ごされた。

 その「禅定」で体をおこし<アッサプラ>川の端の<ムチャッリンダ>龍窟のそばで「禅定」に入り、また7日を過ごされた。この時にこの法悦の世界を

『すべての天国や人間の世界の
 幸せを享受することのできる五欲の喜びは 
 この禅定の喜びに比べたら
 それははじめと比較にはならないほどなのだ。』

と言われた。このように悟りに到達された後に、3・7日(つまり21日)の間、限りのない「法悦」を受容されたのだ。

2.このように悟りに到達された後、「禅定三昧」の中で限りのない神秘の「解脱の法悦」を受け取られながら考えたことは

「ここではすべての煩悩が尽きて私のすることは終わった。生まれて死ぬ事の輪廻の海は乾き、久遠劫に積み重ねられてきた願行はすべて満ちた。けれども私の授かったところの法はとても深く理解することが難しくただひたすらに「仏」と「仏」がお互いに証明するだけで、その暗くて混濁している人間が貪欲、瞋心・愚痴・邪見・傲慢などに覆われて、息が詰まっており、福は狭く根性は悪く、智慧と善根がない人間たちがどうやって私の授かった法を理解することができるのだろうか。これから私がその人間たちに法を正しく説法した場合は、その人たちは必ず疑い、信じて教えられることができないのであり、かえって誹謗することによって将来悪道に落ちてあらゆる苦痛を受けることになるので、私はむしろ黙って「ニルバーナ(涅槃)」に入っていくことが正しいことなのだ。」
と言って、もう一度歌を詠んだ

『私の授かった智慧は
 神秘的でまた深いのだ。
 愚かな生命たちは 
 五欲と邪見で生まれて死ぬ流れに沿って
 その根源を知らないので、
 このような人間たちをこのように救い出すのだ。』

このように考えていらっしゃるときに<大梵天王>が、お釈迦様はすでに「正覚」に到達され、人天導師となって、黙って法を説法せずに「ニルバーナ」に入ろうとしたことを知って、とても心配した。

3.「お釈迦様は昔から無量劫の間をあらゆる生命たちのために、生まれ死ぬことの輪廻の海に現れ落ちていき、国と妻子と財産と、生まれ出た体までも捨てて苦しみを受けながら、悟りを磨き、いまやようやくその願いをかなえ「最上の正覚」を成就されたのだが、どうして今その法を説法しないのか?私はお釈迦様のところに行って、その法を説法するようにお願いしてこよう。」
と言って、梵天王はすぐに神通力で天国の宮殿から体を隠してお釈迦様の前に現れ最上の敬礼をして、一方の膝を地面につけて、手を合わせ、お釈迦さまに尋ねられた。

『お釈迦様よ、過去の世で長い年月、生まれ死ぬ輪廻の海から現れては落ちながら、国と妻子と体までも捨てられて、広く願行を磨かれることはすべての生命たちのためだったのに、今や最上の悟りに到達したにもかかわらず、どうして黙って法を説法しようとされないのですか?生命たちが限りなく生まれ死ぬ事の輪廻の海に落ちて出てくる希望がなくなっているので、願わくば、お釈迦さまが大悲願力をなくさずに、神秘の法の輪を転がしてください(=説法をして済度してください)』
このように<帝釈天>と<他化自在天>など全ての天国はお釈迦様に生命たちのために法の輪を転がすことを懇願した。

『私は生命たちのため、法を説法しようと思っていたけれども、私が授かったものの法は神秘的でとても深く、理解が難しく、中に入ることが難しいので、生命たちが信じて授かることができなくて、むしろ誹謗することによって悪道に落ちることになるのだ。それなので説法をすることができないのだ。』

 その時<帝釈天王>と<梵天王>たちは三回も懇願したのだった。お釈迦様は黙って、受け入れて7日間「定」の中に入り限りない法悦を授かりました。
その時お釈迦様は<梵天>などの願いを受け入れて、「定」の中において仏眼(悟りの目)ですべての生命たちの性根を観察した。生命たちにはその善根・福徳があったり、なかったり、煩悩・罪業(カルマ)の深さ、厚さにしたがって、上中下の品性の差別があった。

 まずこの国の上で法を聞いて、悟りを授かった人を観察した。6年前に悟りについて聞いた<アラーダ・カーラマ>仙人は智慧と聡明が優れていて、長い間悟りを磨いていたので、法を聞けば、すぐに悟りを得ることになるだろう、さらに始めに約束したことがあったのでその人をまず探し出して天眼(天国の目)で観察した。けれどもその人は不幸にも7日前に世を去っていた。

 次に<ウドゥラカ・ラーマプトゥラ>仙人を済度しようとした。けれどもその人もすでに世を去っていたのだ。

 お釈迦様はその二人の仙人の縁がなく、お互いに会えなかったことを惜しみ、次にまず済度を受ける人を考えられた。六年の間一緒に過ごし、あらゆる苦痛を経験し、苦行をした<コーンダンニャ><アッサジ><パディヤ><マハーナーマ><パッパ>など5人の人を考えた。その人たちはとても聡明で、宿世の善根のある人たちだ。この5人のために法を説法することにした。その時、5人は<バーラーナシー><鹿野苑>という昔の仙人たちの修行していた場所にとどまっていた。お釈迦様はすぐに席から立ち上がってそこに向かって出発した。

 お釈迦様は<パーラーナシー>に向かって行く途中だった。<パルタラサナ>と<パルタラリ>という二人の商人がたくさんの人馬を引き連れて、商売のために家を出て広い野原を通り過ぎる途中お釈迦様と出会ったのだった。その人たちはお釈迦様のその神々しい身体と姿と威儀を眺めて、自然に嬉しく尊敬する気持ちになって、はちみつを炒めた麦を渡してお釈迦様に捧げた。お釈迦様はこれを受け取られ、

『おまえたちは清らかな心でこれをくれるのだなぁ。この善根の因縁によって、心の三毒がさっぱりと晴れてすべての災難がなくなり、いつも天上・天人の果報を授かる事になるのだ。邪見をなくし、功徳を積み重ね、いつも仏様と出会って神秘な法を聞いて、将来は悟りを得ることになるのだ。』
とその善根の因縁を宣言された。そのふたりの商人は嬉しくなり、お釈迦様にお辞儀をして、お釈迦様の教えを敬い、行動することをお願いした。お釈迦様はその人たちに

『お前たちは「仏」と「仏」の教えである「法」に帰依することを授かった。いつでもこの帰依する心を捨ててはならない。』と教えられ、去って行きました。このふたりの商人は人間界にいて、お釈迦様(仏陀)に初めて供養をした人たちで、さらに最初の帰依者でした。

 

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