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●たくさんの弟子達と教団の創立 (2009.9.11) 

第1編 お釈迦様の出現

第6章 新教団の成立

第2節 たくさんの弟子達と教団の創立

1.その時に「ラージャクリーハ」の東北から遠くもない<カランダ>村にふたりの<ブラフマン>学者がいた。彼らはとても聡明で大きな智慧があって四ベーダ(聖典)・五明の経論とあらゆる学派の学説に全て精通し、弁才と理論に敵対する者はなかった。ひとりの姓は<クリュ>といい、名前は<ウパティッサ>というのだが、その母の名前は<シャーリ>というので世間で人は彼らを<シャーリプトゥラ(舎利仏)>と呼んでいた。<シャーリ><ハイタカ>という言葉で、<ウパティッサ>の目がハイタカのように青黒く、光っていたので、その母の名前と一緒に<シャーリプトゥラ>と呼ばれたという。

 もうひとりの名前は<モークカッラーナ(目〓連モクケンレン)>であった。この二人はそれぞれ百人の弟子を抱えていた。全国の人々の尊敬を集め、さらに二人はとても親しい友達で、互いに愛着のある仲だった。

2.この時に<鹿野苑>から初めて済度を受けた5人の比丘の一人で<アッサジ>が城の中に入ってきて、托鉢をする時に身のこなしがとても端正で行動が落ち着いていることを<シャーリプトゥラ>は発見した。

『あなたの先生はだれで、どんな法を説法されているのでしょうか?』
『私の先生は<釈迦>族の王者としての家を捨てて悟りを開いた、「如来・世尊」でいらっしゃる<ゴータマ・サマナ>で、その説法される法とは

「全ての法は因縁に従って生まれ
 全ての法は因縁に従って生かされている。
 もし誰かいてこの法を悟れば
 その人はかならず正しい悟りを授かることになるのだ。」
と説法されたのです。』

<シャーリプトゥラ>はこの法文を聞いて、すなわちその道理を悟り智慧の目が開いたのだった。

3.<シャーリプトゥラ>と<モークカッラーナ>はその弟子達に
『経、人間・天国の目が大きい導師「如来・世尊」がこの世の中に現れたので、私は家を出て、その人を先生として悟りを磨くだろう。』
と言った。その弟子達も全てその先生に従うことを決めた。

 ふたりの「ブラフマン」はついにお釈迦様を探しに出たのだった。お釈迦様は遠くから「ブラフマン」が来たことを見て比丘たちに
『比丘よ、これから二人の友人が来る。その人は私の大きな弟子となるだろう』
と言われた。その人たちはお釈迦様の前に現れ、お辞儀をして挨拶し、出家をして弟子となることをお願いした。お釈迦様はそのことを承諾された。その弟子2百名も一緒に頭を剃り、「サマナ」となった。

4.この時にお釈迦様の弟子は1250数名となった(<鹿野苑>の56の比丘と<カーシャパ>と<シャーリプトゥラ>と<モークカッラーナ>をあわせて1261人になった。)。

 これを普通「千二百弟子」と言った、この弟子を中心にして新しい教団が創立されたので、教団の基本ができる基準になったという意味だった。

5.お釈迦様が成道(悟りを開いた)された日、<マガダ>国<マハーデッダ>「ブラフマン」の村の一人の青年<ピッパラーヤナ>が家を出た。その父は<カユラ>と呼ばれていたのだが、国で一番の富豪だった。その母が妊娠期になり、ある日、広い庭園を歩いていると大きな「ピッパーラ」の木陰の下にさしかかっている時にどこからか、腕の長さほどの幅をもつ天国の衣服が木の上に降りて、覆っているのを見て、その木の下で子供を産んだ。そして名前を<ピッパラーヤナ>とつけた。

 その子は有名な<カーシャパ>種族として生まれたので、後に<マハーカーシャパ>と呼ばれた。その子供はとても聡明で、成長し、全ての学術に通じて弁才が優れ、誰でもその前で舌をまいた。幼い頃から世俗的な富貴・享楽を嫌い、一人で瞑想することを好むので、両親の寵愛を受け、遠く北方にある<マッタ>国<サガラ>市の<パルダビラニ>という美人をめとった。けれどもその人はいつも、心の深い欲を消し去り、梵行を磨くことを願い過ごしていた。その人は両親がなくなった後には家を出て東に行って悟りを探しもとめた。

 お釈迦様が<ラージャクリーハ>にいらっしゃった時のこと。ある日「宿世で深い因縁のある人に会わなければ」と考えられ、<ラージャクリーハ>城の東北に出て、<ナラタ>村<多子塔>前「ニャグローダ」の木の下に座られていた。その時に<マハーカーシャパ>がその前を通り過ぎて、木の下で端正に座っていらっしゃったお釈迦様の姿がまるで天国で光り輝く太陽のようになっているのを見て、稀有な考えをおこし、一心でお釈迦様を仰ぎ見てみればおでこを地面につけてお釈迦様の足下で拝んで長くひざまずいて座り

『あなたは必ずや私が探していた先生である「如来・世尊」で、「一切種智」を成就された「お釈迦様」であるに違いありません。どうか私の先生となってください。私はあなたの弟子となることをお願いしたいのです。』
と申し上げた。その時お釈迦様は

『よく来た。お前は私の弟子だ。私はお前の先生だ。もしひとつの悟りを求める者がいて、清らかな一心で「あなたは私の先生だ」と言った時に、その先生になる者がわからないことわかったと言い、見えないものを見えたと言ったならば、その人は必ずやその頭が割れてしまうのだ。その人は大きな嘘をついているからなのだ。けれども私はもう真実として知るべきことを知っていて、見たことを見たと話すことができるのだ。』
と宣言された。

 お釈迦様がはじめに誕生された時に<アシタ>仙人は、<シッダールタ>太子は将来家を出て「仏陀」になり、人間・天国に大きな利益を与えることになる。けれども自分はその教えを聞けないことを悲しく思い、その甥<ナーラダ>に将来お釈迦様の法を聞いて、救済を授かりなさいと任せたということだった。

 この時に<ナーラダ>は<アシタ仙人>の予言を記憶しており、<竹林精舎>に現れ法を聞き、出家することになった。

6.お釈迦様が始めに<ヤーシャパ>と千人の弟子を抱えて<ラージャクリーハ>に到着した時のことだ。その夜に千人の弟子達と一緒に<カヤー>山のある小さい丘にあがった時、<ラージャクリーハ>の一方に火が立ち上ったのを見て、法を説法された。

『比丘よ、すべてが火に燃えている。比丘よ、目にも火が燃え、心にも火が燃え、この心と目が物に接触する時に感覚にも火が燃えているのだ。生まれて、年老いて、病気になって、死んで、心配・悲しみ・苦しみの火によって燃えているのだ。
このように耳が音を聞く時に、「三毒」の火がおこり、生まれ、年老いて、病気になり、死んで心配・悲しみ・苦しみ・凡人の火が燃えるのだ。

 比丘よ、もしこの教えのように、目・耳などの6つの感覚器官が光・音など6つの境界に従い燃える火がおきることを知ったならば、それを遠くに消し去ることを知り、「三毒」の火を消せば「私は解脱した」と智慧が現れ、煩悩が尽き、きれいな梵行は成就して、生まれ死ぬ事の輪廻の車輪は止まることになるのだ。』

 

(〓は牛偏に建)

 

 

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