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●出家をする<釈迦>族たち (2009.9.13) 

第1編 お釈迦様の出現

第7章 広まる教化圏

第3節 出家をする<釈迦>族たち

1.その次の日は異母の弟の<ナンダ>が太子となってさらに結婚式のある幸福な日だった。お釈迦様は<ナンダ>の家に行って、出迎えに現れた<ナンダ>に祝福の挨拶と一緒に、「バリ(木の托鉢用の茶碗)」を与え帰って来た。<ナンダ>は仕方なく「バリ」を持って、お釈迦様について外に出た。着いた時に、<スンダリー(ソンタリ)>という花嫁は頭をとかしていた途中でこれを見て驚き、頭を手でかかえたまま
『あなた、どこへ行かれるのですか?』
と聞いた。「バリ」を受け取れという<ナンダ>の言葉は聞く間もなく、お釈迦様は<ナンダ>を連れて<ニャグロオダ>の丘に行った。ここで<ナンダ>のすっきりしない心にもかかわらず、<ナンダ>を僧とさせた。これはお釈迦様が戻られてから3日目の日となった。

2.7日目ぶりにお釈迦様は托鉢をするために城の中に入って行かれた。<ヤショーダラー>はその子供<ラーフラ>を着飾らせ、お釈迦様に近寄りながら話した。
『坊や見てみて。あのたくさんの「比丘」たちをまとめて、黄金の肌の色で、<梵天>のような光を出す<サマナ>があなたのお父さんですよ。お父さんはたくさんの宝物を持っていらっしゃったのですが、出家した後では全然会うことができないのですよ。お前はあのお父さんのところに行ってその譲り受ける財産を受け取らなければ。「お父さん、私はあなたの子供です。私は将来王になろうと思います。どうかその宝物をください。」と言いに行き、話さなければいけないよ。』

 <ラーフラ>は母の約束の通りお釈迦様の側に行って自然と父子間の愛情を感じて
『「サマナ」よ、あなたの影は楽しいのです。』
と話した。お釈迦様が食事を終わらせ立ち上がっていき、そのまま後ろについていき、
『その財産、その財産を…。』
と言って、くっついて行った。お釈迦様はラーフラを返さず、ゆっくり一緒に歩き<ニャグロオダ>の森に入って行った。「この子は私に財産を要求している。けれどもそれはいつも続く事ではない、苦しみをもつことになるのだ。私はむしろ悟りの道場の神々しい宝物を与えて、あの子は世界で優れた遺産の相続者にならなければ」と考えて、すぐに<シャーリープトゥラ>を呼んで命令した。
『この<ラーフラ>を僧としなさい。』
『お釈迦様よ、どんなふうにすればよいでしょうか。』
お釈迦様は、これによってあらゆる「比丘」たちを呼びました。
『比丘たちよ、三帰依として「サミ(お坊さんになったばかりの人)」になることを許諾しなさい。最初に頭を剃って、黄色の服を着なさい。肩に服をかけた比丘たちの足にお辞儀をして、一方の膝を地面に一緒につけなさい、そして手を合わせてこのように話しなさい。「仏陀に帰依します。法に帰依します。僧伽に帰依します。」
三帰依を三回繰り返して、<シャーリプトゥラ>はお釈迦様に命令を受けると、<ラーフラ>を僧侶にさせた。この噂を聞いた<シュドーダナ>はとても悲しくなり、すぐにお釈迦様のところに行って申し上げた。
『お釈迦様よ、私に恩恵を与えてください。』
『大王よ、如来は恩恵を与えることからはもうすでに越えて行ったのです。』
『お釈迦様よ、私が願う恩恵というのは罪悪の穢れのない正しいことなのです。お釈迦様が家を出たことは私に少なくない苦悩を与えたのです。<ナンダ>の出家もさらにそうなのです。けれども今日はまた、<ラーフラ>が出家しました。子息を愛する考えは肉を切り、皮を剥ぎ、肌を脱ぎ、骨を砕き、俗心を突き刺し、私を苦しめているのです。お釈迦様よ、どうかこれからは両親の許しのない子息を出家させる事はおやめください。』
お釈迦様はこれを許され、その後からは両親の許しのない子息の出家を禁止された。

 その時、まだいくらもたってない「サミ」の間では、いくらもたたずに戒律を守れなければならないのかどうかに対して、疑問をもつ者もいた。お釈迦様はこれを知って、「サミ」の十戒を定めた。
『比丘たちよ、私は「サミ」たちに十戒を命令した。(1)生命を殺してはならない。(2)与えないものは奪ってはならない。(3)女性を犯してはならない。(4)嘘をついてはならない。(5)酒を飲んではならない。(6)食事の時間でない時に食べてはならない。(7)歌や踊りなどに近づいてはならない。(8)花や香水をつけるなどして着飾ってはならない。(9)よく飾った寝室に寝てはならない。(10)金や銀を受け取ってはならない。これが「サミ(沙弥)」の十戒である。「サミ」はこの十戒を守らなければならない。』

4.お釈迦様は長い間故郷に戻り、すでに思ったとおりに家族と城の人々の教化を終わらせられて、もう一度<ラージャクリーハ(王舎城)>に戻ろうと<マッラ>族の<マヌビヤ>まで出て行かれた。ここでは若くて勇猛な<釈迦>族のたくさんの人たちが僧となった。

 かつて<釈迦>族に<マハーナーマ>と<アニルッダ(アナユル)>という兄弟がいた。そしてその兄<マハーナーマ>は考えた。「今、名前のある<釈迦>族の人たちはみなお釈迦様について出家した。私たち兄弟の中でもどちらかが僧にならなければならない」と。そしてこれを<アニルッダ>と議論した。<アニルッダ>は体が弱いことを口実に出家しようとはしなかった。
『家にいる生活も便利なことはない。畑を耕して穀物を収穫する時まで、遠い先祖の時から続いてきた労働、これは年ごとに繰返し、いつ仕事が終わるかわからないことなのだ。』
兄のこの話を聞いて、<アニルッダ>は自分で出家を決心して、その母に許しを請うた。母は何回でもこれを拒絶したのだが、最期にはその志を捨てさせるために、
『もし<パッディ(パルジェ)>王が僧になれば、おまえの願いも聞いてやろう。』
と言った。<アニルッダ>はすぐに<パッディ>のところに行き、「私の出家の障害とならないでください。」と切実に働きかけ、ついに王の心を動かした。そのほかにも<アーナンダ>・<バルク>・<カッピンナ>・<デバ>たちをさそって、さらにこの理髪師<ウパーリ(ウバリ)>を連れて城を出て、隣の国に出て行って身につけている装飾品を取り外して、すっかり<ウパーリ>にあたえ、家を出て行ってしまった。

 <ウパーリ>は戻ってきながら考えた。「<釈迦>族は争いの種族だ。もし私がこの宝物をもって戻っていけば、あの人たちは必ず、私があの公子たちを殺し、奪い取ったと考えて、私を殺そうとするかもわからない。すでにあの方たちも僧になったので、私が僧になって何が悪いのか」と。そしてその人は装飾品を「通りがかって出会った人たちへおみやげ」として袋のまま渡して配り、あの公子たちの後ろについていってしまった。
考えにもない<ウパーリ>がついてくるのを見て、その人たちはひどく喜んだのだった。そして、みんなが一緒にお釈迦様のところに行って僧侶になることを願った。

『お釈迦様よ、私たち<釈迦>族は傲慢です。この<ウパーリ>は理髪師として長い間、私たちに奉仕してきました。私たちが、私たちの持っていた傲慢な心を壊して、<ウパーリ>を尊敬するように、あの<ウパーリ>を一番最初に僧にしてください。』
ここでお釈迦様は<ウパーリ>を一番最初にして、次にあらゆる公子達を僧にしてくださった。

5.梅雨の時期の「安居(アンゴ:雨期に行われる室内での修行)」を終わらせたら、<パッディ>は智見(智慧の眼)が開いた。<アニルッダ>は天眼を授かって、<アーナンダ>は「預流果(ヨルカ:阿羅漢に入る前の執着のない世界)」に入り、<デバ>はあらゆる神通力を授かった。<パッディ>は一人で森の中に入って、木の下に端正に坐り、聖者の楽しみを味わって、自分でもわからないまま「あ、楽しい!あぁ、嬉しいなぁ!」と叫んだ。比丘たちはこの声を聞いて、世俗の楽しみを繰り返してはないかと考えて、お釈迦様に伝えた。<パッディ>はお釈迦様に呼ばれ、目の前に現れて申し上げた。
『お釈迦様よ、私がかつて王となっていた時には、部屋の内外、城の内外、国の内外――このようにあちこちに家来を持っていたのだけれども、それでも私の心はいつも苦しんでいました。けれども今、私は森の中の木の下にひとりでいながらも、鹿のように平安な心を持っています。これを考えて、「あぁ、楽しい!あぁ嬉しいな!」と私もわからない間に叫んでしまったのです。』
『心に不満と怒りを遠ざけて、なくすことで
すべての世界を越えて行けば、
いつでもその楽しみは限りないので、
天国もその状態を知ることができない。』
お釈迦様はこのように歌われ、この人たちを連れて<ラージャクリハ>に戻っていかれました。

 

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