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●祇園精舎 (2009.9.13) 

第1編 お釈迦様の出現

第7章 広まる教化圏

第4節 <祇園精舎>

1.<コーシャラ>国の<シュラーバスティー(舎衛城)>に住む<スダッタ>長者はその子供の結婚のために<ラージャクリハ>の富豪<伯動長者>の家を訪れた。その時期<伯動長者>はたまたま訪れたお客を招待する暇もなく、家の中や外を掃除して、きれいに飾りつけ、なにかを準備する途中でとても忙しそうだった。<スダッタ>長者はその理由を尋ねた。<伯動長者>は
『明日、世間で最も神々しいお客様を招待して接待するためなのだ。』
と答えた。
『世間で最も神々しいお客様とは誰なのですか?王様ですか、どんな「サマナ(お坊さん)」、「ブラフマン(貴族)」なのか?』
『王様でも、どんな「サマナ」でも、また「ブラフマン」でもないのです、<カピラ>城の<シュドーダナ>の太子で出家して、6年間修行し、悟りを開いて成就した「仏陀様」を出迎えるのです。』
その言葉を聞いた<スダッタ>長者は胸いっぱいに嬉しくなり、夜寝ることができず、その日がくるのを待っていたが、窓が明るくなるのを見て、起き上がり城門に向かって出発した。いくらいっても日が明けず、まだ暗かった。その時、一筋の光明が<竹林精舎>から差し込んできた。長者はその光りを探し出して遠くのお釈迦様の円満な相好を眺めて、走ってお釈迦様にお辞儀をしてあいさつした。そして
『こんな夜に、こんばんわ。よく寝られましたか?』
『不安も喜びもなくし、空の心も清らかに平安に、限りなく生まれてなくならない道を悟って<ニルヴァーナ(涅槃)>に入った人だけが限りない安楽の寝場所を授かることになるのだ。』
というお釈迦様の言葉を聞いた<スダッタ>は突然、心が清らかに、眼が開いて感激を越えて、5体のお辞儀をして地面にひれ伏してお辞儀をした。お釈迦様の話してくれる「三帰依」と「五戒」を受けて「ウパーサカ(ウパセ)」になった。
『願わくば、お釈迦様は<シュラーバスティー>にいらっしゃり、説法をして済度してください。』
『そこに比丘大衆を収容するお寺があるのでしょうか?』
<スダッタ>はお釈迦様のために寺を建立する誓いをたてて、それを監督できる者を来させるようにお願いした。お釈迦様は<シャーリプトゥラ>をそのお寺の建立する監督に命令した。

2.<スダッタ>長者は<シュラーバスティー>に戻ってお寺を建てる場所を選んだ。けれども王様の太子<ジェッタ>が所有する丘の風景がよく、森と花と井戸水の出る泉と池、水石と珍しい鳥・動物が絵のように美しかった。長者は<ジェッタ>太子にその丘を売るように頼んだ。それでもその人はこれを売る意志はなかった。長者は何度もお願いした。<ジェッタ>太子はめんどうくさそうに怒って、
『もしその丘を買いたければ、黄金でその丘一面を覆って見せろ』
と言った。その言葉を聞いた長者は次の日、黄金を馬車に乗せて行き、その丘の表面を覆った。これを見た<ジェッタ>太子は驚いた。言ってしまった冗談を実行してしまったからだ。
<ジェッタ>太子は
『そのような金1寸で土地を1つ買って何をしようというのか?』
と聞くと
『「一切種智」を成就したお釈迦様を迎えて呼び入れる寺を建てようとしているのだ』
と言った。<ジェッタ>太子は大きく感激してついにその土地を渡してくれた。それなので<スダッタ>長者はその丘に大きくて勇壮なお寺を建てた。これがすなわち<ジェッタ>の森、<苦しい人々を済度する寺(給孤独園)>といい、さらに<祇園精舎>とも言った。(<給孤独園>というのは「<スダッタ>長者が建てたお寺」という意味だ。<スダッタ>は日本語で<給孤独>というので、さびしくて、孤独な人たちをたくさん済度するという意味)

3.お釈迦様は悟りを開いた年の夏は<鹿野苑>で過ごされ、次の年の夏は<ラージャクリハ>の<竹林精舎>で過ごし、三年目の夏は<ラージャクリハ>の<キッジャークータ>で過ごし、4年目になった年には<スダッタ>長者が大きなお寺を建立して、お釈迦様をそのお寺に招聘したので、お釈迦様は<バイシャーリ>城を通って、千2百人の大衆と一緒に<コーシャラ>国の<シュラバスティー>に行きました。

 その後お釈迦様はこの<祇園精舎>にずっといらっしゃり、<シュラバスティー>の王様<プラセナジ>もお釈迦様に情が厚く帰依して<ラージャクリハ>の<ビンビーサーラ>王以上の深い信仰心をもった信者となって、「三宝」の信奉と外護に力を注いだ。

4.お釈迦様は悟りを開いてから6年、<バイシャーリ>城<大林精舎>で夏の安居を過ごされた。その時に父王が病気になられたことを知って<カピラ>城に戻られた。お釈迦様は<ナンダ(異母兄弟)>と一緒に<シュドーダナ>の枕元に坐り、病気を慰めて説法をされた。
『父王様よ、すべての不安・悩みをすべて遠くに捨ててしまいなさい。父王様は一生尊い徳と清らかな行動を積み重ねて、少しの欠点もないので、国王として国民を愛し、正しい法で国を治め、されたことすべて果たされたので、まだ何を悩んで心配されるのでしょうか。人の命は必ず終わりがあるので、来世にさらに神々しい福徳を授かることになるので、安心してください。』
と言って、手で父王のおでこを触れたので、<シュドーダナ>の体と心はおだやかに静かに、眠るように命を終えた。王の享年87歳だった。

5.お釈迦様は王族と宮女に人生は最後には「苦」であり「空」であり「無常・無我」という真理を話されたのだ。葬儀の日にはお釈迦様手ずから棺に入れて、枯れ木の上において、火をつけて火葬された。その時たくさんの国民たちはお釈迦様の説法を聞いて、あるいは出家して「サマナ」になり、あるいは弟子や信者となった。

 

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