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●第7章 広まる教化圏 (2009.9.13) 

第1編 お釈迦様の出現

第7章 広まる教化圏

第1節 再び訪れる<カピラ>城

1.お釈迦様は<竹林精舎>にいらっしゃり、いつも北の方角に向かって坐っていらっしゃった。ある日<シャーリプトゥラ>がその意味を尋ねた。

『<シャーリプトゥラ>よ、私は父王がいらっしゃる<カピラ>を眺めているのだ。年老いた父王は私を待っていらっしゃるからなのだ。

「如来」がこの世に現れることは5つのことのため。一つ目はその父を済度すること、二つ目は母を済度すること、3つ目はすべての生命のために法を説法すること、4つ目はすべての「菩薩」のために法を説法し、5つ目は全ての「菩薩」に将来仏となることを授記するのだ。私は父王に今はまだするべきことをしていない。』
と言われて、いつか早く<カピラ>城に行って父王にお目にかかることを考えられた。けれども新しい教団に入ったすべての比丘の教化に時間がなく、さらに<カピラ>城の<釈迦>族が傲慢で、いまだ教えを受け入れる時ではなかったので、その時を待たれていた。

2.お釈迦様が悟りを開かれた評判はひろく全国に広まった。この噂を聞いて、最も嬉しく思った人はその父親<シュドーダナ(浄飯王)>であった。かつて6年の間を激しく苦行する時に、その太子が亡くなったという噂があったけれども、<シュドーダナ>はそれを信じようとは思わなかった。もはや太子は道を悟り、仏陀となった。王は早く太子の顔を見たくて何回か遣いの家来を南の方へ送った。しかし一人も帰ってくることはなかった。彼らは全てお釈迦様の教えに帰依して、悟りを磨く道にはいって、その使命を忘れてしまっていた。そして、その父親の切実な心をお釈迦様に伝える者はなかった。<シュドーダナ>はついに<カールダーイン>をせきたてて、南方60「ヨージャナ(柔順)」の道を飛び越えて<ラージャクリハ>に行かせた。<カールダーイン>はお釈迦様と同い年で幼い時からの友達だった。彼は王様にこう言った。
『王様がもし遣いの家来に僧となることを許していただければ家来もその命令を受けることができるでしょう。』
と言った。王様はこれを許し、なにがあってもお釈迦様が<カピラ>城に帰ってくるようにせよと命令した。

<カールダーイン>はお釈迦様にお目にかかり、説法を聞いている中で、悟りを開いたのだけれども、「満月」の日、15日にお釈迦様と再びお目にかかり、歌としてお釈迦様の心を動かすようにしようと思った。

「お釈迦様よ、木々はもう
 紅葉して火花のように光りだし、
 枝ごとに果実をむすぼうと
 木は葉っぱを落としてしまうのです。

 暑くも寒くもない今この季節は
 遊ぶのに楽しい季節、
 故郷の人が切なく待っているので 
 西の<ローヒニ>の川を渡ってください。

 希望があって畑を耕して、種をまき、
 宝を掘るために、青年は海に行ったのです。
 ただこのことを伝えるために私はここに来たので
 この私の願いをどうにか、かなえられないのでしょうか。」

3.お釈迦様はこの歌を聞いて、家族達を済度する時期が来たのだとわかった。それなのでたくさんの比丘たちを連れて、北方に60「ヨージャナ」離れた故郷に向かった。お釈迦様は1日1「ヨージャナ」ずつ歩いて行き、<カールダーイン>は空中を飛んですぐに<シュドーダナ>の前に現れ、お釈迦様のいらっしゃる日にちをお知らせした。

 <カピラ>城の<釈迦>族の人々はお釈迦様を迎える準備をするために忙しかった。まず「ニャグオロダ」の丘をきれいに掃除して、お釈迦様と比丘たちをそこに泊まらせた。もともと<釈迦>族の傲慢な性格があって、そのためにあらゆる問題があったので、この日もその性格に執着して、お釈迦様が席に座っても、その一族の長老たちはお辞儀することが嬉しくないようだった。

「<ゴーダマ>は私たちより若いので、私たちが先に挨拶する必要はない。その人が最初に私たちの前に立って、お辞儀して挨拶しなければいけません」と言ったので、お釈迦様はその人たちの心をすべてわかってしまい、その傲慢な心をへし折ってしまおうと、空中に上がり神通力を見せた。

 <シュドーダナ>はこの奇跡を見て、お釈迦様の足元にひれ伏した。他のあらゆる<釈迦>族たちもまた頭を下げて恭しく挨拶してお辞儀をした。そこでお釈迦様は空中から降りてきて席に座り、あらゆる親戚達を取り囲んで<ペッサンタラ>のお話をしました。ちょうどそのころお釈迦様の神通力でにわか雨が降った。けれども雨に濡れたい人たちには雨を降らせ、雨に濡れたくない人たちには1滴も降らせなかった。これを見て、不思議に思ったあらゆる人々のためにお釈迦様は話をされたのだ。

4.『昔、<シビ>王は<シビ>国の<ジェトータラ>市で暮らしていた。王様には<サンサーヤ>という王子がいたのだが、歳が大きくなって<マッタ>王の姫<プサーティ>と結婚させ、国を継いだ。

 <プッサーティ>は<サンサーヤ>王の寵愛を賜り、たくさんの王妃の中で一番の皇夫に選ばれた。<プッサーティ>は帝釈天王の娘としての前世をもっていた。人間の世界に送られた娘の魂との約束があった。前世の親である<帝釈天王(自然の神様)>はこの時、考えた

「今、<プッサーティ>の前世において私が授けた約束である10種類の中で、9つが果たされた。それなので最期の約束として子供を授けることを約束しよう」と思って、<帝釈天王>が三十三千の天上世界の命が尽きた菩薩(お釈迦様の前世)を、人間の世界に降りてこさせた。
「尊者よ、人間の世界に降りて、<サンサーヤ>王の王妃<プッサーティ>のお腹の中に入りなさい」

 この菩薩が王妃のお腹の中に入ったとき、6万のあらゆる天国の天人たちもそれぞれ6万のあらゆる世界に分かれて、お釈迦様の魂についてこの世界に降りてきた。王妃は子供を授かったと同時に「布施」をする完全な心がおこされて、城の4つの門と市の中央と後ろの宮殿の城門に6つの大きな市場をつくって毎日60万銭を「布施」することを願った。そしてさらに「落ち着いて布施をし、心を出せば、布施をし続ける菩薩が、お腹の中に入るのです。」と言われたので、王様も嬉しく思って、王妃の願いどおり大きな布施をするようにした。

 10ヶ月が経った後で、王后は王の許可を受けて、馬車を市中に連れて行った。馬車が「バイシャ」の階級が住んでいる区域にたどりついた時、突然産気づき、一時的に産屋に入って、菩薩を生んだ。「バイシャ」通りで生まれたことにちなんで、その名前を<ベッサンタラ>となづけた。王子は生まれて育ち、お母さんにお願いして、千金を布施して、また持っている全てのものを集めて、あらゆる人々に布施することを楽しく思った。8歳の時、ひとりで椅子に座って考えた。「私が布施をするものはすべて外から入ってきたものだ。私はこのことでは満足できない。私は自分自身のもので何かを他人にあげなくてはならない。もし誰か私の心臓を欲しがる人がいれば、私はそれをさしあげるのだ。また目が欲しければ、目をあげよう。肉が欲しければ肉をけずってやろう。」とこの時に、大地は震動して山は倒れそうになり、天国は泣いて、海は波が荒々しくなり、<帝釈天王>と<大梵天>はその誓いを讃嘆した。
16歳になった時にはすべての技術を熟知した。<マッタ>王家一族の娘である<マッディ>とお見合いして妻としてめとり、太子の位にあがり、一日に60万金ずつ布施をした。何日かになって、王子を産んで<ジャリ>と名付け、次には<カンハ>という娘を産んだ。

 <ベッサンタラ>は自分と同時に生まれた<パッチャ>と呼ばれる白い象に乗って、日ごとに6つの大きな市場を見て回り、通った。この白い象には不思議な徳があって、足で踏む地面には心のままに雨を降らせる事ができた。その時ちょうど、<カリンガ>国に日照りが続いて凶作の年となった。百姓たちは飢えと泥棒の盗みに遭って、ひどい苦痛を受けて、王宮に走り王様に窮状を訴えた。王様は戒律を守り、布施をして、その功力で雨を降らせようとしたが、思った通りにはならなかった。それで百姓の訴えにしたがい、「ブラフマン」を<ベッサンタラ>のいるところに送り、白い象を呼ぶことをお願いした。王様の命令を受けた「ブラフマン」はわざとほこりをかぶって泥だらけになって、何日かかけて<ジェト・オタラ>市に入った。15日の満月の日に城の南の門で太子と会って、「<ビサ>国の繁栄の宝よ、世界を救済する白い象」をくださいとお願いした。太子は「私の体も布施するつもりだったので、まして私の体以外のものはなおさらです」
と言って、その場所から白い象の背中にたくさんの財宝を乗せて象と一緒に「ブラフマン」に渡した。この評判を聞いた市民たちの驚きと怒りは相当なものとなってしまった。「私たちは滅びる、私たちは滅びてしまう」と騒ぎながら太子を非難した。白い象に乗った「ブラフマン」たちは天国の力でついに城門を抜けていった。けれども百姓たちの怒りは今や大きな混乱と騒ぎと化して、治まることが難しく、百姓達の強い要求は今や王様の心を動かして、太子を<ワンカ>山に追い出すことになった。

5.太子はすることが難しい布施をして、心が嬉しく、追い出されたことなどは心にもひっかからなかった。2、3日、王妃<マッディ>と別れの挨拶をして、<ヒマラヤ>山の深くに入っていこうとしていたのだが、王妃は次のように歌で別れを拒絶した。

「私の子供たちのために
 生い茂る森も光って 
 その清らかな歌声に
 私たちみんなは笑ってしまうのだ。

 鹿は集まってきて、
 孔雀たちは踊りなさい。
 花の森に象がたくさんになり、
 湧き水の音に「キンナラ(王子)」は歌を歌うのです。

 もしこの国を捨てられても
 子 供たちがいる場所が私の家、
 どのような深い山谷の中でも
 あなたと一緒に暮らすのです。」

 <ペッサンタラ>は今や妻と一緒に行くことを許した。両親たちに別れを申し上げた後、4頭の馬の馬車にふたりの子供を乗せて、山道を眺めて、見知らぬ地へ出発した。道である「ブラフマン」と出会って、その人の願いどおりの馬と馬車をあげて、妻は娘の手をつかんで、自分は息子をおんぶして、道を急いで<ワンカ>山に登って行った。山には毒蛇と猛獣がたくさんいたのだが、太子の徳によってお互いに親しく過ごした。それで太子の家族は7ヶ月の間平和な年月を過ごした。

6.その時に、<カリンガ>国に<トシニウィッタ>という「ブラフマン」村があって、そこに<チュパカ>という「ブラフマン」が暮らしていた。その人はその妻の願いを聞いて、一人の女のお手伝いをお金で買おうかと思っていたのだが、お金がなかった。それで<ペッサンタラ>の布施の心を利用しようとした。すぐに何日か歩いて<ワンカ>山に登って行った。木の実を拾おうとしていた妻が留守の時を狙って、太子の前に現れた。

「あの大きな泉がつねにのどの乾いた人の要求を満足させることと同じで尊者は必ず私たちにそのふたりの子供をくださいますように。」

 太子は逃げ出し、隠れているふたりの子供をつかまえて「ブラウマン」にあげてしまった。
「<ジャリ>よ、<カンハ>よ、逃げてはならない。この「ブラフマン」と一緒に山を降りて、その人たちのお手伝いになりなさい。私のために「彼岸(最高の悟り)」にたどり着いた行動を満足させて、私のために生まれ死ぬ海を渡る船になりなさい。あぁ、息子・娘よ、愛しているのだ。けれども一切の智慧は子供に対する愛よりも百千億の劫よりももっとすばらしいものなのだ。

 太子はこのように話して、かわいそうにつるにつながれて行ってしまう子供たちを眺めた。「ブラフマン」は子供たちを急がせて、たまに叩いて急かした。肌の皮がむけて、血が流れた。その子たちは何回も転んだ。けれども突然「ブラフマン」が石につまずいて転ぶと、つるが柔らかい体からほどけて、子供たちは死ぬ程走って太子の方に向かって戻っていった。お父さんの足に両手でしがみつき、少しでも母親が戻るまでの間に行かせないようにお父さんに懇願した。けれども太子は何も言わず、<カンハ>は泣き叫んだ。
「お父さん、私は死ぬことが恐くないのです。それはすべての運命なのですから。ただ恐いのはお母さんなのです。お母さんはいつでもいつまでも泣いてしまうことになるでしょう。私たちは捨てられた悲しみを抱いて、涙をいつでも小川のように流しているでしょう。」ブラフマンはこの光景を見ながら無情にも、子供たちを乱暴に捕まえて引っ張って行った。

「お父さん、お母さん、さようなら。牛も象も馬も私たちのすべてのものはお母さんのものになれ。それらがお母さんの悲しみを少しでもなくすようにしてください。」
子供たちはこのように泣き叫び、引っ張られて行った。太子の胸は熱く、全身が震え始めました。そして、耐えられずに、小屋に入り、えんえんと泣きだした。すぐに立ち上がり、刀を持って、「ブラフマン」を追いかけて殺したく思った。けれども太子の智慧は太子の情を落ち着かせた。「ブラフマン」はふたりの子供をせっついて、山を無事に降りてくることが難しかったのだ。やはり<ジャリ>はまた縛っている縄を切って、お父さんのところに走り逃げた。やっと<ジャリ>を捕まえてみれば、その次には妹<カンハ>が逃げてお父さんの足に捕まり、
「お父さん、何とか助けてください。あの人は私を叩くのです。あの人は「ブラフマン」ではなく鬼神なのです。お父さん、どうか助けてください。」

 太子の心は高く波打ち、眼からは涙の代わりに血がにじんで流れ出た。
「この苦痛はすべて愛情の喉の渇きからおこるものなのだ。愛をなくして捨てる心を持たなければならないのだ。」
 この智慧の光明によって太子は耐えることのできない苦痛をこらえて、静かに座っていた。

 その妻<マッディ>は山の深くに入っていて、木の果実も拾い上げて、木の根も抜いて、夕方までになって小屋に帰ってきた。

 けれどもふたりの子供が見当たらなかった。母はちょうど昨夜の夢を思い出して、狂ったように慌てふためき、子供達を探し回った。太子は黙って言葉を話すことはなかった。妻は夜中まで探し回ったが、深夜になると小屋に戻ってきて、そのまま倒れてしまった。しかし、太子のなぐさめを聞いてようやく落ち着いた。

7.この凄惨な「布施」の大きな行いは<帝釈天王>を驚かせることになった。<帝釈天王>はまた太子の志を試そうと、「ブラフマン」の姿に化身してその妻を求めた。これに対して太子は、「昨日はふたりのこどもたちをあげたのだが、いまやどうして妻まで差し上げるのだろうか。」と返事をすることはできなかった。その人は千金の塊を投げるように差出し、すこしの執着もなく、水のカメから水を抜き、「ブラフマン」の手にそそぐように、そのまま妻をあげてしまった。妻はすんなりとそれに従ってついていった。これはすべての悟りを成就したためだった。<帝釈天王>は太子の固い意志とその妻のきれいな志操に感動し、すぐに天国の神様の姿で現れ、その妻を太子に返した。<ジャリ>と<カンハ>を引っ張って行った「ブラフマン」も天国の神様につれられ、<カリンガ>に行ったが<チェトータラ>市に戻った。それでふたりの子供はそのおじいさんの手に戻って行って、さらに太子もその妃も百姓達の出迎えをうけて、戻って行った。そこにはよりいっそ

 盛大な布施会が行われていた。』
この話を聞いて、<釈迦>族たちはすべて大きく嬉しく思いながら、別れの挨拶をして帰って行った。けれども誰も1,2日の供養で、お釈迦様を招待する者はいなかった。

 

 

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