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●般若波羅蜜の意味 (2009.9.18) 

第4編 般若・戒律

第8節 <般若波羅蜜>の意味

1.ある時お釈迦様は全ての仏陀が備えなければならない功徳という功徳を全て備え、金剛と同じくらい固い平等で、静かな智慧が取り巻いて、全ての方便を豊かに持って、<他化自在天(タファジャジェチョン)>の宮殿にいらっしゃり、<金剛手(クムガンス)>・<観自在(クァンジャジェ)>・<虚空蔵(ホゴンジャン)>・<妙吉祥(ミョギルサン)>などを上首としてひとつも数えることのできないほど無数な「菩薩」様のために一切の法の自性はそのまま清浄にして、彼岸に着く深い智慧という説法をされた。

『清らかな楽しみは菩薩の願うところだ。清らかな見解は菩薩の見解なのだ。貪欲が永遠に尽きてなくなって、身・語・意の三業が清らかになるものは本当の菩薩の姿なのだ。なぜかというと、一切の法の自性は本来清らかだからなのだ。それはすなわち彼岸に着く智慧が清らかだという言葉なのだ。それなので<金剛手>よ、もし人がこの悟りに到達する清らかな智慧を聞いて、自分自身が磨けば全ての煩悩、すべての重い罪を全てなくして、<菩提>を授かり、悪道に生まれ変ることがないのだ。

 その時、広く世界を照らしてみたお釈迦様は全ての菩薩のために、全ての仏様の寂静性の正覚、すなわち彼岸に到達する深い智慧を説法されました。
『それは金剛と同じ平等な正覚を意味するのだ。大きな正覚は金剛と同じように硬いという理由からなのだ。さらにそれは義理の平等な正覚なのだ。大きな正覚はただひとつの義理の平等性であるからなのだ。そしてそれは法の平等な正覚なのだ。大きな正覚の自性は清らかだという理由からなのだ。さらに一切の法の平等な正覚なのだ。それは大きな正覚は一切の分別から離れる理由からなのだ。<金剛手>よ、人がもしこの4種類の静かな彼岸につく智慧を聞いて直接に磨くことができればすべての悪道から抜け出すか無上の正覚を授かる事になるのだ。

2.その時お釈迦様はさらに全ての悪を浄化し、降伏させる<釈迦牟尼>の徳相によってあらゆる菩薩のために一切の法におよんで最もすぐれた平等性を摂取する彼岸に到達する智慧を説法されました。

『それは貪心・瞋心・癡心ということも、無駄な論議もしないでいることなのだ。どんな理由かといえば、一切の法は無駄な論議から離れているからなのだ。すなわちそれは彼岸に到達する智慧の論議から離れているからなのだ。<金剛手>よ、人がもし彼岸に到達する智慧を聞いて全身で磨けば、仮にその人がこの世の中全ての人々を殺したとしたとしても、悪道に落ちることはないのだ。なぜかと言えば、すべての煩悩と悪業を調伏しているからなのだ。すなわちその人は早くこの上ない正覚を授かることになるのだ。』

お釈迦様はさらに全ての仏様の自性清浄相を持ってあらゆる菩薩のために全ての法の平等性を自在に観る彼岸に到達する智慧を説法された。
『全ての欲を出す心、怒りを出す心も清らかなことなので、したがって全ての汚い品性でも、罪の品性もさらにきれいなことなのだ。それは必ず全ての法性、全ての生命性が清らかなことを意味し、そしてさらに全ての世界の智慧性も清らかになること、彼岸に着く智慧が清らかになること、を意味するのだ。<金剛手>よ、人がもしこの法文を磨いたならば、その人は五欲のごみの中にいても、汚れに染まらない蓮の花のように、全ての貪欲の過ちに染まらないことなのだ。それでこの上ない正覚を授かることになるのだ。』

 お釈迦様はさらに仏様たちが三界の主人公だという姿を持って、あらゆる菩薩のため、仏様の灌頂(かんちょう)に調和できる「智慧蔵」という彼岸に辿り着く智慧を説法されました。
『その人はすべての人として三界の王位を授かることになったので、「灌頂施」なのだ。さらにすべての人としてその願いを満足させてあげたので、「利施」なのだ。さらに法の実状を授けさせたので「法施」と言い、さらに全ての身・語・意の平安を授からせてあげたので「食施」と言った。』

3.お釈迦様は仏様たちの智印秘密相をもって、あらゆる菩薩のため仏様の金剛の智印住持とよばれる彼岸に着く智慧を説法されました。
『仏様の金剛身印をもてば、仏様の体性を授かる事になるのだ。さらに仏様の金剛語印をもてば、すべての法文で自在を授かり、仏様の金剛心印を持てば、すべての「三昧」を豊かに備え、さらに仏様の金剛心印をもてば、金剛と同じくらいの身・語・意を授かる事になるのだ。

 お釈迦様はさらに無駄な論議に没頭してたわむれにふざけてしまうことから離れた姿を持って、あらゆる菩薩のため、広げることのできる輪字という彼岸に辿り着く智慧を説法されました。
『法はすべて空だ。自性が定まらないからなのだ。法はすべて無相なのだ。すべての相から離れるからなのだ。法は願うところがない、全ての願いから離れているからなのだ。このような全ての法の自性は清らかだ。それは彼岸に辿り着く智慧がきれいなのだからだ。』

 お釈迦様さまはさらに仏様の大きな転輪相をもってあらゆる菩薩のため大きな転輪という彼岸に辿り着く智慧を説法された。
『すなわち金剛と同じ様に硬い平等性に入れば、すべての仏の転輪に入っていくことを授かることになる、義理の平等に入っていくならば、全ての菩薩の転輪に入っていくことができることであり、法の平等性に入れば、神秘的な法の転輪に入ることになる。またさらに全ての法の平等性に入れば全ての転輪を授かることになるのだ。お釈迦様はさらに仏様の大きな善方便相を持って、あらゆる菩薩のためひろくあらゆる仏様を供養する彼岸に辿り着く智慧を説法されました。
『それは「菩提」心をおこすことなのだ。すなわち大きな善方便を持って、すべての仏様を供養して、生命たちを救済して、正しい法を持つことになるのだ。』

4.お釈迦様はさらに調伏相をもって、あらゆる菩薩のため、すべての生命の信心を調和し、降伏させ、彼岸に辿り着く智慧を説法されました。
『一切の生命の平等性は瞋心の平等で、一切の生命の調伏性は瞋心の調伏性、一切の生命の真法性は瞋心の真法性、そして一切の生命たちの金剛性は瞋心の金剛性なのだ。何故かといえば、一切の生命たちの調伏はこの上ない正覚であるからなのだ。』

 お釈迦様はさらに仏様の平等相を持って、あらゆる菩薩のため、法は平等で優れているという彼岸に辿り着く智慧を説法されました。
『法、それは平等性なので、彼岸に辿り着く智慧は平等性なのだ。法すべてが第一義性であり、法性であり、業用性なので、彼岸に辿り着く智慧もこのような全ての性を満たしているのだ。』

 お釈迦様はさらに一切の生命の住止という彼岸に辿り着く智慧を説法された。
『一切の生命は如来蔵なのだ。<普賢菩薩>自体が充満しているからなのだ。さらに一切の生命たちは金剛蔵なのだ。金剛水がわきあがる場所だからなのだ。さらに一切の生命たちは正法蔵なのだ。それは正しい言葉をもって説法する性質を持っているからなのだ。さらに一切の生命たちは妙業蔵なのだ。ここには神秘的な行動を運転する場所であるからなのだ。

 お釈迦様はさらに法が無量である彼岸に辿り着く智慧を説法されました。
『彼岸に辿り着く智慧は無量なので仏様も無量なのだ。彼岸に辿り着く智慧が一性なので、すべての法も一性なのだ。さらに彼岸に辿り着く智慧は究極なのですべての法も究極なのだ。
人がもしこの理趣を授かれば、正しく考えて思惟(しい)すれば、すべての邪魔がなくなり、早く正覚を授かり、「如来」の金剛身を授かり、自在にできることになるのだ。』

5.お釈迦様はさらに遍照如来相によって、秘密法性大安楽金剛法性という、彼岸に辿り着く智慧を説法されました。
『その人はあらゆる菩薩が大きな供養をすれば、大きな安楽を授かり、従って大きな正覚を授かり、全ての魔軍を降伏させ、三界から自在を授かり、すべての生命たちに最上の安楽を与える事を授かるからなのだ。また讃嘆する歌を歌いました。

『最も優れた智慧を持つ人は
 いつでも死んで生きる間にいて
 広く生命たちを済度するのだ
 「ニルバーナ」に入らないでとても努力するのだ。

 彼岸に辿り着く「般若」の方便は智慧を得て
 生命たちのため説教・方便・智慧を得たのだ。
 狭く言えば私の三業を清らかにして
 広く言えば全ての生命たちを清浄にさせたのだ。

 どうして、すべての生命たちの貪瞋に囲まれて
 全ての世間を抜け出ずに浄化し、降伏せて、
 あの<有頂天>まででも高く上がって
 間違いなく従順に清浄をするのだ。

 神秘の智慧をもっている者は世界にいても
 世界の法はその人を染めることはできないのだ。
 神秘の光をもってあの蓮の花のように
 ちりがあっても汚れることはないのだ。

 大きな希望を持っている清浄な人、
 大きく布施する安楽な人
 三界から自在に
 固く固い利益を作り出したのだ。』

 

 

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